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愛してると言わせて26

时间: 2019-12-07    进入日语论坛
核心提示:二人の小三郎連続テレビドラマを書いていて、何が一番楽しいかと言えば、それは「打上げパーティ」である。何が一番淋しいかと言
(单词翻译:双击或拖选)
二人の小三郎

連続テレビドラマを書いていて、何が一番楽しいかと言えば、それは「打上げパーティ」である。何が一番淋しいかと言えば、それも「打上げパーティ」である。
いつも思うのだが、スタッフもキャストも脚本家も、そのドラマの収録が続いている間だけの「家族」である。終われば、みんな次の仕事に入り、バラバラになる。もちろん、いい仕事をした後は、口々に言いあう。
「また一緒にやろうね」
「うん。必ずよ」
誰もが本気でそう思い、本気で口に出すのだが、いつまた一緒にやれるかはわからない。
「いつかまた」、「いつかきっと」という具体性のない思いを胸に、誰もが次のスケジュールに追われていく。
「ひらり」は収録だけでも八か月間という長丁場であった。私は準備期間も入れると約一年間というもの、「ひらり」だけを考えて暮してきた。こういう長期の連続ドラマになると、本当に別れが淋しい。まして、出演者たちは毎日のように局で会う。石田ひかりちゃんは、鍵本景子ちゃんを普段でも「お姉ちゃん」と呼んでいたし、石倉三郎さんなどは全員が「銀ちゃん」と呼ぶ。橋本潤さんは「ロッコー」であり、渡辺いっけいさんは「竜太センセ」であった。力士役の梅響は「ヒビキ」であり、梅十勝は「トカチ」であった。市子役の浅井星光ちゃんに至っては、芸名を忘れるほど「イチコ」で通っていた。
ここまで「家族」になってしまうと、別れの淋しさはしんしんと襲ってくる。
「もう明日から一〇五スタジオに来なくていいんだと思うと……淋しい」
みのり役の鍵本景子ちゃんは言った。
むろん、誰の胸にも淋しさばかりではなく、解放感もある。すでに次の仕事へ心が飛んでいることもある。そんな思いと淋しさが隣りあわせになるので、打上げパーティはいつでも異様に盛りあがる。いつでも朝まで飲み明かし、歌いまくり、しゃべりあう。
「ひらり」に限らず、どのドラマの場合も、少しでもタッチした人はみんな出席して下さる。今回も梅若部屋の土俵を作って下さった木内さんをはじめ、どぜう料理の指導をされた「駒形どぜう」の店長までかけつけて下さった。もちろん、俳優さんのマネージャーや事務所の方々も見えるので、大変な人数になる。打上げパーティに出るたびに、こんなにたくさんの人の力を借りてドラマが出来あがっていくんだなァ……と、しみじみ思う。
私は抜けられない用があって、「ひらり」のパーティは夜中の0時半から参加したのだが、スタッフもキャストもほとんど全員が残っていた。夜中の0時半である。三次会である。これだから打上げパーティは楽しい。
私が会場に着いた時は、大変な熱気の中で楽太郎師匠と石倉三郎さんがステージでかけあいをやっていた。何しろ二人ともプロであるから、会場は爆笑に次ぐ爆笑。
「こんなのタダで聴かせてもらっていいのかなァ」
とアチコチから声がもれたほどである。
そして、夜中の一時過ぎ、島田正吾さんがステージにあがられた。
「皆さまへのお礼をこめて、小唄をご披露させて頂きます」
誰も予期せぬことで、もう会場は割れんばかりの大拍手と歓声。みごとなセリフ入りの、粋な祭りの小唄が終わってからも、みんな静まり返っていた。こういう時にスルリと淋しさがしのびこんでくるのは誰もが同じなのだろう。
「もう島田先生のこと『小三郎おじいちゃん』なんて呼べないんだね」
女性スタッフが言い、周囲がうなずいた。
結局、四次会が終わって私が自宅に帰ったのは朝七時であった。すっかり明けた空を見ながら、私は「小三郎おじいちゃん」の小唄を思い出し、亡くなった祖父を思っていた。
実は私はひとつだけ、プロデューサーにも内緒で「ひらり」に私情をからめている。打上げの挨拶《あいさつ》で初めてバラしたのだが、「小三郎」は母方の祖父の名前である。新聞記者であったが、大学時代から左翼思想の持ち主で、レッドパージで投獄されている。プロレタリア文学誌「種蒔《たねま》く人」の同人で、母の話だと実家にはいつもプロレタリアートたちが集まっていたという。
祖父はその後、新聞社をやめ、かなり長く市会議員生活をした後、自分で商売を始めた。母は言う。
「商売しながら、いつでもマルクス読んでたわ」
その話を思い出した時、インテリ質屋役の島田正吾さんに、いつもシェークスピアを読んで頂こうと思った。私の祖父小三郎がマルクスを片時も手放さなかったように、質屋の小三郎はいつでもシェークスピアを読んでいる。「これだ。この設定だわ」と私は小躍りした。祖父は八十九歳で亡くなるまで老眼鏡をかけることなく、いつでも本を読み、地方紙に原稿を書いていた。昔話など一切せず、死ぬまで「明日」を見ていた人だった。
こうして小三郎のキャラクターが祖父とダブって出来あがったが、私はそのまま名前も同じにしてしまった。今まで若い人のドラマしか書いたことのない私にとって、高齢者を書くのは初めてであり、大きな不安があった。同じ名前にすることで、私を愛してくれた祖父が守ってくれるかもしれないという思いもあった。
打上げの小唄を思い出しながら、シェークスピアとマルクスの二人の小三郎に守られたと思った。
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