むかし、ものを食べない女房というのが、おったそうです。女房というのは、およめさんのことです。その話をいたしましょう。
あるところに、およめさんのいない男がいました。山へ木を切りに行って、仲間の者に話しました。
「おれも、ごはんをたいたり、ふろを作ったりしてくれる、およめさんがひとりほしいよ。しかし、うちは貧乏《びんぼう》だから、ものをくっちゃ困《こま》るんだ。なにも食べない女房というのはいないかしらん。」
すると、四、五日して、すごくじょうぶそうな女がやってきました。そして、
「わたしは、ものを食べない女だ。およめさんにしてください。」
そういうのです。それで、およめさんにして、おいておくと、いったとおり、ものを食べません。朝ごはんも食べなければ、昼ごはんも食べません。晩はもとより食べません。見ていれば、ほんとにひとつぶのごはんも食べないのです。ところが、ふしぎなことに、そのおよめさんが来て以来、その男の家の米びつの米《こめ》が、びっくりするほどなくなりました。それに、みそおけのみそが、これまたドカドカなくなっていきました。
「これはただごとでない。」
と、男は思い、
「きょうは、町へ行ってくる。」
そう、女にいって家を出ました。すると、女が便所《べんじよ》にはいったもので、そのあいだにまた家へもどって、屋根裏《やねうら》のはりにあがってかくれました。そこから、女がどうするか、見ていました。
男がるすになったとみると、女は米びつから、米をはかりだしました。それがなんと一斗《と》(約一四キログラム)という米です。一斗米を大急ぎでといで、一斗だきのおかまでたきはじめました。米がたけると、こんどはやはり大なべに、たくさんのみそしるを作りはじめました。みそしるができると、むしろを持ってきて、それに、ごはんをおにぎりにしてならべました。一斗めしですから、おにぎりにしても、大へんな数です。つぎには、みそしるを手おけのようなものに入れてさましました。みそしるがさめると、こんどは頭のてっぺんの髪《かみ》をときはじめました。髪をとくと、そこから、なんと大きな口が出てきました。このおよめさんは、山姥《やまんば》だったのです。だから、そんなところに口を持っていたのです。
山姥は、頭のてっぺんの口を出すと、そこに、むしろの上のおにぎりを、とっては入れ、とっては入れしました。そのあいだあいだに、ひしゃくで、手おけのみそしるを、ザブザブ、ザブザブ、その口にくみ入れました。そうして、見るまに何十という大きなおにぎりと、手おけ一ぱいのおつゆを、頭の中に入れてしまいました。入れてしまうと、そこの髪をきれいになおし、むしろや、手おけや、なべやかまをかたづけました。そのあいだに、男は屋根裏からおりて、外へ出ました。そして、わらじにちょっと土をつけ、
「帰ったよ。」
そういって、戸口からはいってきました。
それから、つぎの朝のことです。男が、その山姥の女房にいいました。
「おまえはものは食べないけれど、うちの女房にはむかない女だ。ひまをやるから、帰ってくれ。」
すると、その女がいいました。
「それでは里へ帰ることにするが、わたしは、この大おけがもらいたい。」
そして、土間にあった大ぶろのようなおけをほしがりました。それで、
「ほしけりゃ、やってもいい。」
そういうと、女はそのおけのふちにつかまって、中をのぞいていましたが、
「あれ、中に虫がいる。とってくれませんか。」
そういうもので、男もつい、そのおけの中をのぞきました。そこを山姥は、男の足をつかんで、おけの中へ、ヒョイとはねいれてしまいました。そして、すぐ、もう山姥の正体をあらわし、おけを頭の上にかついで、山の方へかけだしました。山へはいると、大きな声で仲間の山姥によびかけました。
「おうい、村から、よい酒のさかなを持ってきたぞう。みんな、いつもの岩場へこうい。」
すると、山奥《やまおく》のほうから、
「おうえい。」
「ほうえい。」
と、仲間のする返事の声が聞こえてきました。それで、おけをかついだ山姥は、近道をしようとでも思ったのでしょうか。枝《えだ》のしげった森の中へ、ガラガラ、音をたてながらはいっていきました。木の枝がおけにあたって、ガラガラいうのですが、山姥は、かまわずかけていきました。しかし男は、それまで、今逃《に》げようか、今逃げようかと思っていたのですが、逃げるまもなく、方法も思いつかなかったのです。ところが、今、森の木の枝が、おけにガラガラあたるのを聞くと、
「そうだ。今だっ。」
と、けっしんして、その枝の一本に両手で力いっぱいとりつきました。山姥はそんなことはすこしも知らず、なおも、森の中をガラガラ、ガラガラかけていきました。それで、男は、やっと枝に残ることができました。
「やれ、ありがたや。」
と、思いましたが、そこで、そのままじっとしていることはできません。きっとすぐ山姥が、いないのを見つけて、ひきかえしてくるにちがいありません。男はそう思って、そこから村の方へ逃げだしました。
そんなこととは知らないで、山姥は、いつも仲間が酒盛《さかも》りをする、大岩の上へたどりつき、おけをおろして、のぞいてみました。すると、中にはなにもありません。
「これはしまった。逃がしたぞ。」
と、山姥はあわてて、もとへひきかえしました。
「つかまえたら、それこそ、頭からガギガギ、とって食べてやるから。」
そんなに、いきりたっておこり、大へんないきおいで、山をくだって、追いかけて来ました。そのうち、男も山姥のあらい足音が後ろに聞こえてきたもので、道のそばのヨモギと、ショウブのしげったところへ来たとき、そのショウブと、ヨモギの中へかけこんで、そこで頭をひくくしてかくれていました。このショウブと、ヨモギは、むかしから山姥が手を入れると、その手がくさるという、いいつたえがありました。だから山姥はそこまで来て、
「やろう、ここへいやがるな。」
そういって、男をみつけ、目をいからせて、つかみかかろうとしました。しかし、ショウブとヨモギを見ると、頭の上にあげた手をさげました。そして、
「ええっ、くやしいぞ。このショウブ、このヨモギさえなけりゃ、とっつかまえて帰って、みんなの酒のさかなにしたものを。しかたがない。しかたがない。」
そういって、すごすご、山へ帰っていきました。
あるところに、およめさんのいない男がいました。山へ木を切りに行って、仲間の者に話しました。
「おれも、ごはんをたいたり、ふろを作ったりしてくれる、およめさんがひとりほしいよ。しかし、うちは貧乏《びんぼう》だから、ものをくっちゃ困《こま》るんだ。なにも食べない女房というのはいないかしらん。」
すると、四、五日して、すごくじょうぶそうな女がやってきました。そして、
「わたしは、ものを食べない女だ。およめさんにしてください。」
そういうのです。それで、およめさんにして、おいておくと、いったとおり、ものを食べません。朝ごはんも食べなければ、昼ごはんも食べません。晩はもとより食べません。見ていれば、ほんとにひとつぶのごはんも食べないのです。ところが、ふしぎなことに、そのおよめさんが来て以来、その男の家の米びつの米《こめ》が、びっくりするほどなくなりました。それに、みそおけのみそが、これまたドカドカなくなっていきました。
「これはただごとでない。」
と、男は思い、
「きょうは、町へ行ってくる。」
そう、女にいって家を出ました。すると、女が便所《べんじよ》にはいったもので、そのあいだにまた家へもどって、屋根裏《やねうら》のはりにあがってかくれました。そこから、女がどうするか、見ていました。
男がるすになったとみると、女は米びつから、米をはかりだしました。それがなんと一斗《と》(約一四キログラム)という米です。一斗米を大急ぎでといで、一斗だきのおかまでたきはじめました。米がたけると、こんどはやはり大なべに、たくさんのみそしるを作りはじめました。みそしるができると、むしろを持ってきて、それに、ごはんをおにぎりにしてならべました。一斗めしですから、おにぎりにしても、大へんな数です。つぎには、みそしるを手おけのようなものに入れてさましました。みそしるがさめると、こんどは頭のてっぺんの髪《かみ》をときはじめました。髪をとくと、そこから、なんと大きな口が出てきました。このおよめさんは、山姥《やまんば》だったのです。だから、そんなところに口を持っていたのです。
山姥は、頭のてっぺんの口を出すと、そこに、むしろの上のおにぎりを、とっては入れ、とっては入れしました。そのあいだあいだに、ひしゃくで、手おけのみそしるを、ザブザブ、ザブザブ、その口にくみ入れました。そうして、見るまに何十という大きなおにぎりと、手おけ一ぱいのおつゆを、頭の中に入れてしまいました。入れてしまうと、そこの髪をきれいになおし、むしろや、手おけや、なべやかまをかたづけました。そのあいだに、男は屋根裏からおりて、外へ出ました。そして、わらじにちょっと土をつけ、
「帰ったよ。」
そういって、戸口からはいってきました。
それから、つぎの朝のことです。男が、その山姥の女房にいいました。
「おまえはものは食べないけれど、うちの女房にはむかない女だ。ひまをやるから、帰ってくれ。」
すると、その女がいいました。
「それでは里へ帰ることにするが、わたしは、この大おけがもらいたい。」
そして、土間にあった大ぶろのようなおけをほしがりました。それで、
「ほしけりゃ、やってもいい。」
そういうと、女はそのおけのふちにつかまって、中をのぞいていましたが、
「あれ、中に虫がいる。とってくれませんか。」
そういうもので、男もつい、そのおけの中をのぞきました。そこを山姥は、男の足をつかんで、おけの中へ、ヒョイとはねいれてしまいました。そして、すぐ、もう山姥の正体をあらわし、おけを頭の上にかついで、山の方へかけだしました。山へはいると、大きな声で仲間の山姥によびかけました。
「おうい、村から、よい酒のさかなを持ってきたぞう。みんな、いつもの岩場へこうい。」
すると、山奥《やまおく》のほうから、
「おうえい。」
「ほうえい。」
と、仲間のする返事の声が聞こえてきました。それで、おけをかついだ山姥は、近道をしようとでも思ったのでしょうか。枝《えだ》のしげった森の中へ、ガラガラ、音をたてながらはいっていきました。木の枝がおけにあたって、ガラガラいうのですが、山姥は、かまわずかけていきました。しかし男は、それまで、今逃《に》げようか、今逃げようかと思っていたのですが、逃げるまもなく、方法も思いつかなかったのです。ところが、今、森の木の枝が、おけにガラガラあたるのを聞くと、
「そうだ。今だっ。」
と、けっしんして、その枝の一本に両手で力いっぱいとりつきました。山姥はそんなことはすこしも知らず、なおも、森の中をガラガラ、ガラガラかけていきました。それで、男は、やっと枝に残ることができました。
「やれ、ありがたや。」
と、思いましたが、そこで、そのままじっとしていることはできません。きっとすぐ山姥が、いないのを見つけて、ひきかえしてくるにちがいありません。男はそう思って、そこから村の方へ逃げだしました。
そんなこととは知らないで、山姥は、いつも仲間が酒盛《さかも》りをする、大岩の上へたどりつき、おけをおろして、のぞいてみました。すると、中にはなにもありません。
「これはしまった。逃がしたぞ。」
と、山姥はあわてて、もとへひきかえしました。
「つかまえたら、それこそ、頭からガギガギ、とって食べてやるから。」
そんなに、いきりたっておこり、大へんないきおいで、山をくだって、追いかけて来ました。そのうち、男も山姥のあらい足音が後ろに聞こえてきたもので、道のそばのヨモギと、ショウブのしげったところへ来たとき、そのショウブと、ヨモギの中へかけこんで、そこで頭をひくくしてかくれていました。このショウブと、ヨモギは、むかしから山姥が手を入れると、その手がくさるという、いいつたえがありました。だから山姥はそこまで来て、
「やろう、ここへいやがるな。」
そういって、男をみつけ、目をいからせて、つかみかかろうとしました。しかし、ショウブとヨモギを見ると、頭の上にあげた手をさげました。そして、
「ええっ、くやしいぞ。このショウブ、このヨモギさえなけりゃ、とっつかまえて帰って、みんなの酒のさかなにしたものを。しかたがない。しかたがない。」
そういって、すごすご、山へ帰っていきました。