「はい」ハリーは杖つえを固く握にぎりしめ、ガランとした教室の真ん中に進み出た。ハリーは飛ぶことに心を集中させようとした。しかし、何か別のものがしつこく入り込こんでくる。――また母さんの声が、いまにも聞こえるかもしれない……いまは考えてはいけない、さもないとどうしてもまたあの声が聞こえてしまう。聞きたくない……それとも、聞きたいのだろうか?
ルーピンが箱のふたに手をかけ、引ひっ張ぱった。
ゆらり、と吸魂鬼が箱の中から立ち上がった。フードに覆おおわれた顔がハリーのほうを向いた。ヌメヌメと光るかさぶただらけの手が一本、マントを握っている。教室のランプが揺ゆらめき、ふつりと消えた。吸魂鬼は箱から出て、音もなくスルスルとハリーのほうにやってくる。深く息を吸い込むガラガラという音が聞こえる。身を刺さすような寒気かんきがハリーを襲おそった――。
「エクスペクト・パトローナム!」ハリーは叫さけんだ。「守護霊よ来たれ! エクスペクト――」
しかし、教室も吸魂鬼も次第にぼんやりしてきた。……ハリーはまたしても、深い白い霧きりの中に落ちていった。母親の声がこれまでよりいっそう強く、頭の中で響ひびいた――。
「ハリーだけは! ハリーだけは! お願い――私はどうなっても――」
「どけーどくんだ、小娘――」
「ハリー!」
ハリーはハッと我われに返った。床に仰向あおむけに倒れていた。教室のランプはまた明るくなっている。何が起こったか聞くまでもなかった。
「すみません」ハリーは小声で言った。起き上がると、メガネの下を冷ひや汗が滴したたり落ちるのがわかった。
「大だい丈じょう夫ぶか?」ルーピンが聞いた。
「ええ……」ハリーは机にすがって立ち上がり、その机に寄より掛かかった。
“呼神护卫!”哈利大叫,“呼神护卫!呼神护卫—— ”
“别动哈利!别动哈利!求你了—— 我什么都答应—— ”
“哈利!”哈利回到现实中来了。他仰面朝天躺在地板上。教室里的灯又亮了。他不必问刚才发生了什么事。