「何のことやら……何を話しているやら……」
ペティグリューの声はますます甲高くなっていた。袖そでで顔を拭ぬぐい、ルーピンを見上げて、ペティグリューが言った。
「リーマス、君は信じないだろう――こんなバカげた――」
「はっきり言って、ピーター、なぜ無実の者が、十二年もネズミに身をやつして過ごしたいと思ったのかは、理解に苦しむ」
感情の起伏きふくを示さず、ルーピンが言った。
「無実だ。でも怖こわかった!」
ペティグリューがキーキー言った。
「ヴォルデモート支し持じ者しゃがわたしを追っているなら、それは、大物の一人をわたしがアズカバンに送ったからだ――スパイのシリウス・ブラックだ!」
ブラックの顔が歪ゆがんだ。
「よくもそんなことを」
ブラックは、突とつ然ぜん、あの熊のように大きな犬に戻もどったように唸うなった。
「わたしが? ヴォルデモートのスパイ? わたしがいつ、自分より強く、力のある者たちにへこへこした? しかし、ピーター、おまえは――おまえがスパイだということを、なぜ初めから見抜けなかったのか。迂闊うかつだった。おまえはいつも、自分の面めん倒どうを見てくれる親分にくっついているのが好きだった。そうだな? かつてはそれが我われ々われだった……わたしとリーマス……それにジェームズだった……」
ペティグリューはまた顔を拭ぬぐった。いまや息も絶たえ絶だえだった。
「わたしが、スパイなんて……正気の沙さ汰たじゃない……けっして……どうしてそんなことが言えるのか、わたしにはさっぱり――」
「ジェームズとリリーはわたしが勧すすめたからおまえを『秘密ひみつの守もり人びと』にしたんだ」
ブラックは歯は噛がみをした。その激はげしさに、ぺティグリューはたじたじと一歩下がった。
「わたしはこれこそ完かん璧ぺきな計画だと思った……目眩めくらましだ……ヴォルデモートはきっとわたしを追う。おまえのような弱虫の、能なしを利用しようとは夢にも思わないだろう。……ヴォルデモートにポッター一家を売った時は、さぞかし、おまえの惨みじめな生しょう涯がいの最高の瞬しゅん間かんだったろうな」
ぺティグリューはわけのわからないことをつぶやいていた。ハリーの耳には、「とんだお門かど違ちがい」とか「気が狂ってる」とかが聞こえてきたが、むしろ気になったのは、ペティグリューの蒼あおざめた顔と、相変あいかわらず窓やドアのほうにちらちら走る視線しせんだった。