吸魂鬼ディメンターたちが自分を見つめているのを感じた。ザーザーという息が邪じゃ悪あくな風のようにハリーを取り囲んでいる。一番近くの吸魂鬼がハリーをじっくりと眺ながめ回した。そして、腐乱ふらんした両手を上げ――フードを脱いだ。
目があるはずのところには、虚うつろな眼窩がんかと、のっぺりとそれを覆おおっている灰色の薄うすいかさぶた状じょうの皮ひ膚ふがあるだけだった。しかし、口はあった。……がっぽり空あいた形のない穴が、死に際ぎわの息のように、ザーザーと空気を吸い込こんでいる。
恐きょう怖ふがハリーの全身を麻ま痺ひさせ、動くことも声を出すこともできない。守護霊は揺ゆらぎ、果てた。
真っ白な霧きりが目を覆った。戦わなければ……エクスペクト・パトローナム……何も見えない……すると、遠くのほうから、聞き覚えのあるあの叫さけび声が聞こえてきた……エクスペクト・パトローナム……霧の中で、ハリーは手探りでシリウスを探し、その腕うでに触ふれた……あいつらにシリウスを連れていかせてなるものか……。
しかし、べっとりした冷たい二本の手が、突とつ然ぜんハリーの首にがっちりと巻きついた。無む理りやりハリーの顔を仰向あおむけにした……ハリーはその息を感じた……僕ぼくを最初に始末するつもりなんだ……腐くさったような息がかかる……耳元で母さんが叫んでいる……生きている僕が、最期さいごに聞く声が母さんの声なんだ――。
すると、その時、ハリーをすっぽり包み込んでいる霧を貫つらぬいて、銀色の光が見えるような気がした。だんだん強く、明るく……。ハリーは自分の体が、うつ伏ぶせに草の上に落ちるのを感じた。
うつ伏せのまま身動きする力もなく、吐はき気がし、震ふるえながらハリーは目を開けた。目も眩くらむような光が、あたりの草むらを照らしていた。……耳元の叫び声はやみ、冷気は徐じょ々じょに退ひいていった……。
何かが、吸魂鬼を追い払っている……何かがハリー、シリウス、ハーマイオニーの周まわりをぐるぐる回っている……ザーザーという吸魂鬼の息がしだいに消えていった。吸魂鬼が去っていく……暖かさが戻もどってきた……。
あらんかぎりの力を振りしぼり、ハリーは顔をほんの少し持ち上げた。そして、光の中に、湖を疾駆しっくしていく動物を見た。
汗でかすむ目を凝こらし、ハリーはその姿が何かを見極みきわめようとした。……それは一角獣ユニコーンのように輝かがやいていた。薄うすれゆく意識いしきを奮ふるい起こし、ハリーはそれが向こう岸に着き、走る脚並あしなみを緩ゆるめ、止まるのを見つめていた。眩まばゆい光の中で、ハリーは一いっ瞬しゅん、誰かがそれを迎えているのを見た……それを撫なでようと手を上げている……何だか不思議に見覚えのある人だ……でも、まさか……。
ハリーにはわからなかった。もう考えることもできなかった。最後の力が抜けていくのを感じ、頭がガックリと地面に落ち、ハリーは気を失った。