しかし、誰も現れない。ハリーは顔を上げて、向こう岸の吸魂鬼ディメンターの輪わを見た。一人がフードを脱いだ。救い主が現れるならいまだ――なのに、今回は誰も来ていない――。
ハリーはハッとした――わかった。父さんを見たんじゃない――自分自身を見たんだ――。
ハリーは茂みの陰かげから飛び出し、杖つえを取り出した。
「エクスペクト! パトローナム!」ハリーは叫さけんだ。
すると、杖の先から、ぼんやりした霞かすみではなく、目も眩くらむほどまぶしい、銀色の動物が噴ふき出した。ハリーは目を細めて、何の動物なのか見ようとした。馬のようだ。暗い湖の面おもを、向こう岸へと音もなく疾しっ走そうしていく。頭を下げ、群むらがる吸魂鬼に向かって突とっ進しんしていくのが見える……今度は、地上に倒れている暗い影の周まわりを、ぐるぐる駆かけ回っている。吸魂鬼が後ずさりしていく。散り散りになり、暗くら闇やみの中に退たい却きゃくしていく……いなくなった。
守護霊が向きを変えた。静かな水面みなもを渡り、ハリーのほうに緩ゆるやかに走りながら近づいてくる。馬ではない。一角獣ユニコーンでもない。牡鹿おじかだった。空にかかる月ほどに眩まばゆい輝かがやきを放はなち……ハリーのほうに戻もどってくる……。
それは、岸辺きしべで立ち止まった。大きな銀色の目でハリーをじっと見つめるその牡鹿は、柔らかな水辺みずべの土に、蹄ひづめの跡あとさえ残していなかった。それはゆっくりと頭を下げた。角つののある頭を。そして、ハリーは気づいた……。
「プロングズ」ハリーがつぶやいた。
震ふるえる指で、触ふれようと手を伸ばすと、それはふっと消えてしまった。
手を伸ばしたまま、ハリーはその場にたたずんでいた。すると、突とつ然ぜん背後で蹄の音がして、ハリーは胸を躍おどらせた。――急いで振り返ると、ハーマイオニーが、バックビークを引ひっ張ぱって、猛もう烈れつな勢いでハリーのほうに駆かけてくる。
「何をしたの?」ハーマイオニーが激はげしく問い詰めた。
「何が起きているか見るだけだって、あなた、そう言ったじゃない!」
「僕ぼくたち全員の命を救っただけだ……。ここに来て――この茂みの陰かげに――説明するから」
何が起こったのか、話を聞きながら、ハーマイオニーはまたしても口をポカンと開けていた。