ムーディは左右不ふ揃ぞろいの足で、ぐいと立ち上がり、机の引き出しを開け、ガラス瓶びんを取り出した。黒い大グモが三匹、中でガサゴソ這はい回っていた。ハリーは隣となりでロンがぎくりと身を引くのを感じた――ロンはクモが大の苦手だ。
ムーディは瓶に手を入れ、クモを一匹つかみ出し、手のひらに載のせてみんなに見えるようにした。それから杖つえをクモに向け、一言呟つぶやいた。
「インペリオ! 服従せよ!」
クモは細い絹きぬ糸いとのような糸を垂たらしながら、ムーディの手から飛び降り、空中ブランコのように前に後ろに揺ゆれはじめた。脚をピンと伸ばし、後ろ宙返りをし、糸を切って机の上に着地したと思うと、クモは円を描きながらくるりくるりと側転を始めた。ムーディが杖をぐいと上げると、クモは二本の後ろ脚で立ち上がり、どう見てもタップダンスとしか思えない動きを始めた。
みんなが笑った――ムーディを除いて、みんなが。
「おもしろいと思うのか?」ムーディは低く唸うなった。「わしがおまえたちに同じことをしたら、喜ぶか?」
笑い声が一瞬いっしゅんにして消えた。
「完全な支配だ」ムーディが低い声で言った。
クモは丸くなって、ころりころりと転がりはじめた。
「わしはこいつを、思いのままにできる。窓から飛び降りさせることも、水に溺おぼれさすことも、誰かの喉のどに飛び込ませることも……」
ロンが思わず身み震ぶるいした。
「何年も前になるが、多くの魔法使いたちが、この『服従の呪文』に支配された」
ムーディの言っているのはヴォルデモートの全盛時代のことだと、ハリーにはわかった。
「誰が無理に動かされているのか、誰が自みずからの意思で動いているのか、それを見分けるのが、魔法省にとってひと仕事だった」
「『服従の呪文』と戦うことはできる。これからそのやり方を教えていこう。しかし、これには個人の持つ真しんの力が必要で、誰にでもできるわけではない。できれば呪じゅ文もんをかけられぬようにするほうがよい。油ゆ断だん大たい敵てき!」ムーディの大声に、みんな飛び上がった。
ムーディはとんぼ返りをしているクモを摘つまみ上げ、ガラス瓶びんに戻した。