ゆっくりと、堂々と、月明かりを受けて船は水面に浮上した。まるで引き上げられた難なん破ぱ船せんのような、どこか骸がい骨こつのような感じがする船だ。丸い船せん窓そうからチラチラ見える仄ほの暗ぐらい霞かすんだ灯あかりが、幽ゆう霊れいの目のように見えた。ついに、ザバーッと大きな音を立てて、船全体が姿を現し、水面を波立たせて船体を揺ゆすり、岸に向かって滑すべり出した。数分後、浅あさ瀬せに錨いかりを投げ入れる水音が聞こえ、タラップを岸に下ろすドスッという音がした。
乗員が下船してきた。船窓の灯りを過よぎるシルエットが見えた。ハリーは、全員が、クラッブ、ゴイル並の体つきをしているらしいことに気づいた……しかし、だんだん近づいてきて、芝生を登りきり、玄げん関かんホールから流れ出る明かりの中に入るのを見たとき、大きな体に見えたのは、実はもこもことした分ぶ厚あつい毛皮のマントを着ているせいだとわかった。城まで全員を率ひきいてきた男だけは、違うものを着ている。男の髪かみと同じく、滑なめらかで銀色の毛皮だ。
「ダンブルドア!」坂道を登りながら、男が朗ほがらかに声をかけた。
「やあやあ。しばらく。元気かね」
「元気一杯じゃよ。カルカロフ校長」ダンブルドアが挨あい拶さつを返した。
カルカロフの声は、耳に心地よく、上っ滑りに愛あい想そがよかった。城の正面扉とびらから溢あふれ出る明かりの中に歩み入ったとき、ダンブルドアと同じく痩やせた、背の高い姿が見えた。しかし、銀ぎん髪ぱつは短く、先の縮ちぢれた山や羊ぎ鬚ひげは、貧ひん相そうな顎あごを隠しきれていなかった。カルカロフはダンブルドアに近づき、両手で握あく手しゅした。
「懐なつかしのホグワーツ城」
カルカロフは城を見上げて微ほほ笑えんだ。歯が黄ばんでいた。それに、ハリーは、目が笑っていないことに気づいた。冷たい、抜け目のない目のままだ。
「ここに来れたのはうれしい。実にうれしい……ビクトール、こっちへ。暖あたたかいところへ来るがいい……ダンブルドア、かまわないかね? ビクトールは風か邪ぜ気ぎ味みなので……」
カルカロフは生徒の一人を差さし招まねいた。その青年が通り過ぎたとき、ハリーはちらりと顔を見た。曲がった目立つ鼻はな、濃こい、黒い眉まゆ。ロンから腕にパンチを食わされるまでもない。耳元で囁ささやかれる必要もない。紛まぎれもない横顔だ。
「ハリー――クラムだ!」