目の前のすべてが、まるで色いろ鮮あざやかな夢のように見えた。何百何千という顔がスタンドからハリーを見下ろしている。前にハリーがここに立ったときにはなかったスタンドが、魔法で作り出されていた。そして、ホーンテールがいた。囲い地の向こう端はしに、一ひと胎はらの卵をしっかり抱えて伏ふせている。両翼りょうよくを半分開き、邪じゃ悪あくな黄色い目でハリーを睨にらみ、鱗うろこに覆おおわれた黒いトカゲのような怪物は、棘とげだらけの尾を地面に激はげしく打ちつけ、硬かたい地面に、幅はば一メートルもの溝みぞを削り込んでいた。観衆は大騒ぎしていた。それが友好的な騒ぎかどうかなど、ハリーは知りもしなければ気にもならなかった。いまこそ、やるべきことをやるのだ……気持を集中させろ、全神経を完全に、たった一つの望みの綱に。ハリーは杖つえを上げた。
「アクシオ! ファイアボルト!」ハリーが叫んだ。
ハリーは待った。神経の一本一本が、望み、祈った……もしうまくいかなかったら……もしファイアボルトが来なかったら……周りのものすべてが、蜃しん気き楼ろうのように、揺ゆらめく透とう明めいな壁を通して見えるような気がした。囲い地も何百という顔も、ハリーの周りで奇妙にゆらゆらしている……。
そのとき、ハリーは聞いた。背はい後ごの空気を貫いて疾しっ走そうしてくる音を。振り返ると、ファイアボルトが森の端からハリーのほうへ、ビュンビュン飛んでくるのが見えた。そして、囲い地に飛び込み、ハリーの脇わきでピタリと止まり、宙に浮いたままハリーが乗るのを待った。観衆の騒音が一段と高まった……バグマンが何か叫さけんでいる……しかしハリーの耳はもはや正常に働いてはいなかった……聞くなんてことは重要じゃない……。
ハリーは片足をさっと上げて箒ほうきに跨またがり、地面を蹴けった。そして次の瞬間しゅんかん、奇き跡せきとも思える何かが起こった……。