「マートル」ハリーは考えながらしゃべっていた。「どうやって息をすればいいのかなあ?」
するとマートルの目に、またしても急に涙が溢あふれた。
「ひどいわ!」マートルはハンカチを探してローブをまさぐりながら呟つぶやいた。
「何が?」ハリーは当とう惑わくした。
「わたしの前で『息をする』って言うなんて!」マートルの甲かん高だかい声が、浴室中にガンガン響ひびいた。「わたしはできないのに……わたしは息をしてないのに……もう何年も……」
マートルはハンカチに顔を埋うずめ、グスグス鼻をすすった。
ハリーは、マートルが自分の死んだことに対していつも敏感だったということを思い出した。しかし、ハリーが知っているほかのゴーストは、誰もそんな大騒ぎはしない。
「ごめんよ」ハリーはイライラしながら言った。「そんなつもりじゃ――ちょっと忘れてただけだ……」
「ええ、そうよ。マートルが死んだことなんか、簡単に忘れるんだわ」マートルは喉のどをゴクンと鳴らし、泣き腫はらした目でハリーを見た。「生きてるときだって、わたしがいなくても誰も寂さびしがらなかった。わたしの死体だって、何時間も何時間も気づかれずに放って置かれた――わたし知ってるわ。あそこに座ってみんなを待ってたんだもの。オリーブ・ホーンビーがトイレに入ってきたわ――『マートル、あんた、またここにいるの? すねちゃって』そう言ったの。『ディペット先生が、あんたを探してきなさいっておっしゃるから――』そして、オリーブはわたしの死体を見たわ……うぅぅぅー、オリーブは死ぬまでそのことを忘れなかった。わたしが忘れさせなかったもの……取り憑ついて、思い出させてやった。そうよ。オリーブの兄さんの結婚式のこと、覚えてるけど――」
しかし、ハリーは聞いていなかった。水中人の歌のことをもう一度考えていたのだ。「われらが捕らえし 大切なもの」僕のものを何か盗むように聞こえる。僕が取り返さなくちゃならない何かを。何を盗むんだろう?
「――そして、もちろん、オリーブは魔ま法ほう省しょうに行って、わたしがストーカーするのをやめさせようとしたわ。だからわたしはここに戻って、トイレに棲すまなければならなくなったの」
「よかったね」ハリーは上の空の受け答えをした。「さあ、僕、さっきよりずいぶんいろいろわかった……また目を閉じてよ。出るから」
ハリーは浴槽の底から卵を取り上げ、浴槽から這はい出て体を拭ふき、元通りパジャマとガウンを着た。
「いつかまた、わたしのトイレに来てくれる?」ハリーが透とう明めいマントを取り上げると、「嘆なげきのマートル」が悲しげに言った。
「ああ……できたらね」内心ハリーは、こんどマートルのトイレに行くときは、城のほかのトイレが全部詰まったときだろうなと考えていた。
「それじゃね、マートル……助けてくれてありがとう」
「バイバイ」マートルが憂ゆう鬱うつそうに言った。ハリーが透とう明めいマントを着ているとき、マートルが蛇じゃ口ぐちの中に戻っていくのが見えた。