「ハリー、そろそろわしの部屋に戻る時間じゃろう」ハリーの耳に静かな声が聞こえた。
ハリーは目を見張った。周りを見回した。それから自分の隣を見た。
ハリーの右手に座ったアルバス・ダンブルドアは、クラウチの息子が吸魂鬼に引きずられていくのをじっと見ている――そして、ハリーの左手には、ハリーをじっと見つめるアルバス・ダンブルドアがいた。
「おいで」左手のダンブルドアが言った。そして、ハリーの肘ひじを抱え上げた。ハリーは体が空中を昇っていくのを感じた。地下牢が自分の周りでぼやけていく。一瞬いっしゅん、すべてが真っ暗になり、それから、まるでゆっくりと宙返りを打ったような気分がして、突然どこかにぴたりと着地した。どうやら、陽ひ射ざしの溢あふれる、ダンブルドアの部屋の眩まばゆい光の中だ。目の前の戸と棚だなの中で、石の水すい盆ぼんがチラチラと淡あわい光を放っている。アルバス・ダンブルドアがハリーの傍かたわらに立っていた。
「校長先生」ハリーは息を呑んだ。「いけないことをしたのはわかっています――そのつもりはなかったのです――戸棚の戸がちょっと開いていて、それで――」
「わかっておる」ダンブルドアは水すい盆ぼんを持ち上げ、自分の机まで運び、ピカピカの机の上に載のせた。そして、椅子に腰かけ、ハリーに向い側に座るようにと合図した。
ハリーは言われるままに、石の水盆を見つめながら座った。中身は白っぽい銀色の物質に戻り、目を凝こらして見ている間にも、渦うず巻まいたり、波立ったりしている。
「これは何ですか?」ハリーは恐る恐る聞いた。
「これか? これはの、ペンシーブ、『憂うれいの篩ふるい』じゃ」ダンブルドアが答えた。「ときどき、感じるのじゃが、この気持は君にもわかると思うがの、考えることや想い出があまりにもいろいろあって、頭の中が一杯になってしまったような気がするのじゃ」
「あの」ハリーは正直に言って、そんな気持になったことがあるとは言えなかった。
「そんなときにはの」ダンブルドアが石の水盆を指差した。「この篩を使うのじゃ。溢あふれた想いを、頭の中からこの中に注ぎ込んで、時間のあるときにゆっくり吟ぎん味みするのじゃよ。このような物質にしておくとな、わかると思うが、どんな行動様式なのか、関連性なのかがわかりやすくなるのじゃ」
「それじゃ……この中身は、先生の『憂うれい』なのですか?」ハリーは水盆に渦巻く白い物質をあらためて見つめた。
「そのとおりじゃ」ダンブルドアが言った。「見せてあげよう」