左……右……また左……袋小路に二度突つき当たった。また「四し方ほう位い呪じゅ文もん」を使い、東に寄りすぎていることがわかった。引き返してまた右に曲がると、前方に奇妙な金こん色じきの霧が漂ただよっているのが見えた。
ハリーは杖つえ灯あかりをそれに当てながら、慎重しんちょうに近づいた。魔性の誘いざないのように見える。霧を吹き飛ばして道を空あけることができるものかどうか、ハリーは迷った。
「レダクト! 粉こな々ごな!」ハリーが唱となえた。
呪じゅ文もんは霧の真ん中を突き抜けて、何の変化もなかった。それもそのはずだ、とハリーは気づいた。「粉々呪文」は固体に効くものだ。霧の中を歩いて抜けたらどうなるだろう? 試してみる価値があるだろうか? それとも引き返そうか?
迷っていると、静けさを破って悲ひ鳴めいが聞こえた。
「フラー?」ハリーが叫んだ。
深しん閑かんとしている。ハリーは周りをぐるりと見回した。フラーの身に何が起こったのだろう? 悲鳴は前方のどこからか聞こえてきたようだ。ハリーは息を深く吸い込み、魔の霧の中に走り入った。
天地が逆さまになった。ハリーは地面からぶら下がり、髪かみは垂たれ、メガネは鼻からずり落ち、底なしの空に落ちていきそうだった。メガネを鼻先に押しつけ、逆さまにぶら下がったまま、ハリーは恐怖に陥おちいっていた。芝しば生ふがいまや天井になり、両足が芝生に貼はりつけられているかのようだった。頭の下には星のちりばめられた暗い空が果てしなく広がっていた。片足を動かそうとすれば、完全に地上から落ちてしまうような感じがした。
「考えろ」体中の血が頭に逆流してくる中で、ハリーは自分に言い聞かせた。「考えるんだ……」
しかし、練習した呪じゅ文もんの中には、天と地が急に逆転する現象と戦うためのものは一つもなかった。思い切って足を動かしてみようか? 耳の中で、血液がドクンドクンと脈打つ音が聞こえた。道は二つに一つ――試しに動いてみること。さもなければ赤い火花を打ち上げて救出してもらい、失格すること。
ハリーは目を閉じて、下に広がる無限の虚こ空くうが見えないようにした。そして、力一杯芝生の天井から右足を引き抜いた。