眼(め)をひらきてすかし見れば、其の形(さま)異(こと)なる人の、背(せ)高く痩(やせ)おとろへたるが、顔のかたち、着たる衣の色(いろ)紋(あや)も見えで、こなたにむかひて立(た)てるを、西行もとより道心(だうしん)の法師(ほふし)なれば、恐(おそ)ろしともなくて、「ここに来(き)たるは誰(た)ぞ」と答ふ。
かの人いふ。「前(まえ)によみつること葉(のは)のかへりこと聞えんとて見えつるなり」とて、
松山の浪にながれてこし船のやがてむなしくなりにけるかな
現代語訳
なお心をゆるめずに読経を続ける。涙と夜露で、その袖はどんなに濡れていたことか。日が沈むにしたがって、深山の夜景は無気味でただならぬさまをみせてきた。石の上に座り、落ちかかる木の葉を身にかけただけではひどく寒く、そのため精神はすみ、骨の髄まで冷えて、なんとはなしに荒涼とした物凄い心地がする。月は出たが、繁茂した木立は月光(ひかり)を漏らさないので、文目(あやめ)もわからない闇の中で心わびしく思いながら、やがて眠るともなくうとうとしようとすると、たしかに、「円位、円位」と呼ぶ声がするではないか。
(西行が)目を開いて(闇の中を)透かして見ると、背の高く、やせ衰えた異形の人が、顔形、着衣の色、柄もはっきりとは見えない姿で、こちらを向いて立っている。もちろん、西行は悟道(ごどう)の僧であったから、恐ろしいなどとは思わず、「ここに来ているのはどなたか」と応答した。
その人が言うには、「さっき(お前が)詠んだ歌への返しをしようと姿を現したのだ」といって、
松山の
(松山に寄せては返す波、その波に漂い流された船のように、ついに都へ帰ることなく、わが身はこの地に朽ち果ててしまったことよ)