ロケットにのって
小林少年が、へんな男に、練馬区の畑の中にそびえている人工月世界を見せられてから、一週間ほどしますと、東京のおもな新聞に、一ページの大広告が出ました。
それには、『東京の一角に、大月世界が出現しました。みなさんロケットにのって、月世界を探検してください。』という文句が、大きな写真いりで、でかでかと印刷してあったのです。
東京じゅうに、どっと笑い声がおこりました。このあいだからの火星人や電気ロボットは、みんな、この人工月世界の宣伝にすぎなかったことがわかったからです。なんという、めちゃくちゃな宣伝をしたものだろうと、みんなあきれかえってしまいました。
この月世界を作った会社の重役は、警視庁によびつけられて、ひどくしかられましたが、そのことがまた宣伝になって、人工月世界旅行は、おそろしくはんじょうしました。毎日、毎日、何千人という見物がおしかけたのです。おおくは少年少女、または子どもづれのおとなたちでした。
一万平方メートルもある敷地の一方のすみに、直径五十メートルもある月世界が、巨大なおわんをふせたようにそびえています。月球の半分だけが、地上に、山のようにもりあがっているのです。
その敷地の三方のすみに、月世界行きのロケットの乗り場があります。
見物たちは、そこで宇宙服を着せられ、まるい、すきとおった宇宙帽をかぶせられます。そして、高い階段をのぼって、コンクリートの台の上から、空中にロープでさがっているロケット型のケーブル・カーにのりこむのです。一度に十五人しか乗れませんが、それが三か所にあるのですから、四十五人ずつ運べるわけです。
ロケット型のケーブル・カーはロープをつたって、三百メートルほどの空中を、恐ろしい速さで月世界につきすすみます。
そして、月世界のそばまでくると、ロケットは、グルッとまわって、後部の方から、着陸するのです。
見物たちは、後部についている出入口から、ひとりずつ、大噴火山のあとのようなでこぼこのある月面に降りたちます。
それから、まるい月の表面を、山のぼりのように、よじのぼるのです。月面は宇宙服の見物たちでいっぱいになります。でこぼこの表面ですから、足がかりは、いくらもあるので、すべり落ちることはありません。そして、頂上までのぼりつき、四方をながめた景色は、じつにすばらしい。まるでほんとうの月世界にきたような気持です。
「あっ、あそこにも月がある。」
「あれは地球だよ。月世界から見た地球だよ。」
見物の少年たちが、口ぐちにさけぶのでした。
地球から見る月の何倍もある、大きな地球が空中にうかんでいます。それは、地球の形をした気球なのです。地上の機械にロープでつないであって、それがゆっくり動いているのです。
それをながめていますと、見物たちは、ほんとうに、地球を遠く遠くはなれてきたような気持になるのでした。
「あっ、あそこに日本が見える。あれだよ。あの小さい島だよ。」
「東京はどこだろう。」
「東京なんて、ここから見えるもんか。」
少年たちは、がやがやと、そんなことをしゃべりあうのでした。
月世界の見物は二十分とさだめられ、その時間がすぎると、月球のうらがわにある階段をおりなければなりません。その高い階段をおりたところに、月球の内部への入口がひらいています。
そこからはいっていきますと、月のうちがわがプラネタリウムになっていて、大きな丸てんじょうに、無数の星がかがやいているのです。その下には、見物席のベンチが、まるく、グルッとならんでいるのです。
このプラネタリウムは、天体の全景をうつすばかりでなく、その一部だけを大うつしにすることもできるようになっていました。
そこへ地球と月が大きくうつって、地球から人工衛星がうちあげられるところや、月世界へロケットのとんでいくところが、手にとるように見えるのです。
「みなさんは、さっき、こうして月世界へおとびになったのです。ほら、ロケットが月につきました。みなさんは、ロケットからでて、月面の探検をなさるのです。」
ラウド・スピーカーから、説明者の声がひびいてきます。見物はそれをきいて、さっきのじぶんたちのロケット旅行をおもいだすのです。
それがきえると、こんどは、もういっそう大うつしになって、人工衛星の部分が、いくどにもうちあげられ、それをくみたてていく光景があらわれます。宇宙服をきた小さな人間が、空中をおよぐように動きまわって、くみたての仕事をしているところまで、よく見えるのです。
そのほか、いろいろな天体のありさまがうつしだされたあとで、見物たちは、プラネタリウムをあとにして、うら門のところで宇宙服をぬがされて、会場を出るのです。
このふしぎなみせものは、とっぴな宣伝のききめもあって、すごい人気でした。いなかから、わざわざ見物にくる人もあり、東京タワーとならんで、東京の名物のようになり、月世界行きのバスもできるというさわぎでした。
そして、なにごともなく三か月ほどが過ぎ去りましたが、そのころになって、ぶきみなことが、起こりはじめたのです。