銀色の玉
そのあくる日、午前十一時ごろ、明智探偵事務所の応接間には、明智探偵と大発明家遠藤博士と小林少年の三人がテーブルをかこんで、話をしていました。
一時間ほど前、ポケット小僧が、月世界の見世物から逃げ出してきて、ゆうべのことを、くわしく報告しましたので、明智探偵は遠藤博士に電話をかけて、事務所にきてもらって、相談をしているのです。
ポケット小僧は、ゆうべ寝なかったので、話をしてしまうと、さっそく小林少年のベッドにもぐりこんで、グーグー寝ているのでした。
「そんなに大ぜい部下がいるのでは、わたしの子どもを、とりもどすことは、むずかしいでしょうね。」
遠藤博士は、心配らしく、明智探偵の顔をながめました。
「むずかしいにちがいありませんが、ポケット小僧のおかげで、あいつのすみかがわかったのですから、なにか、うまい方法があるかもしれません。考えてみましょう。」
明智探偵はそう答えましたが、さすがの名探偵にも、そのうまい方法というのが、すぐには浮かんでこないようすでした。
しばらく、三人とも、黙りこんで考えていました。小林少年も、うまい工夫はないかと、一生けんめい、頭をしぼりましたが、なかなか名案が、浮かんできません。
そのとき、遠藤博士が、なにか、ふかく決心したようすで、こんなことを言いだしました。
「明智さん、わたしは、思いきって、やってみようかと思うのです。」
「え、なにをですか。」
「わたしの発明を、使ってみるのです。」
「ああ、あなたの発明は、世界を滅ぼすほどの偉大な力だときいていますが……。」
「そうです、原水爆のように人を殺さないで、しかも世界を思うままにできるのです。」
「その力を、二十面相を滅ぼすために、使うのですか。」
「そうです。その力の、ごくごくわずかを、使えばよいのです。むろん、二十面相やその部下を殺したり、傷つけたりするわけではありません。
しかも、その力によって、わたしの子どもの治郎をとりもどすのはもとより、あいつが、盗みためた美術品をすっかりとりもどし、そして、二十面相も部下も、みんな刑務所へ、ほうりこんでしまうことができるのです。」
遠藤博士は、さも自信ありげに、強く言いきるのでした。
「わたしには、想像もつきませんが、その力が、どういうものか、お話くださるわけにはいきませんか。」
さすがの明智探偵も、この大発明には、すっかり驚かされたようです。
「くわしいことは、あとで、ゆっくりお話しますが、一口で言えば、それは、こういう力です。」
遠藤博士は、明智探偵と小林少年の顔のそばに、自分の顔をくっつけるようにして、何事か、ぼそぼそと、ささやきました。
「ほう、百二十時間、五日間ですね。」
明智探偵が驚いて、聞きかえします。
「そうです。五日あればどんなことだってできるでしょう。ひとつの国の政府を変えてしまうことだって、わけはありません。」
「軍隊はもちろんですが、警察でも、その力を持っていたら、なんでもやれますね。」
「そうです。ですから、わたしの発明のことを、つたえきいて、いろいろな外国人が、買いとりにやってくるのです。しかし、わたしはけっして売りません。これを手にいれた国は、世界を思うままにできるからです。」
「さすがに二十面相のやつは、そこに目をつけたのですね。そしてあなたの助手になりすまして、発明を盗もうとした。」
「そうです。しかし、わたしは、どんな親しい者にも、この発明の秘密は、一言もしゃべっていません。ノートなども残してありません。すべて、わたしの頭の中だけにあるのです。
なにしろ、一つの国をいっぺんに、滅ぼすほどの力があるのですから、二十面相と部下を滅ぼすのには、爪の先ほどの原料があればよいのです。それを銀色の玉にいれて、ある場所に仕掛るのです。ある時間がくれば、かならず、その作用が起こるような方法です。」
「時限爆弾のようなものですね。」
「そうです。仕掛はあれと同じです。銀色の玉の中に、その仕掛がはいっているのです。
ところで、その銀色の玉を、ある場所においてこなければなりません。それをだれにやらせるかです。だいじな役目ですからね。」
「ぼくがやります。」
小林少年が、顔を輝かせて、強い声で言いました。
「しかし、きみは二十面相たちに、顔を知られている。」
「変装しますよ。ぼくは、変装は得意なんです。」
遠藤博士は、それを聞くと、相談するように、明智探偵の顔を見ました。
「小林君なら大丈夫です。変装の名人ですよ。よく女の子に化けることがありますが、顔も声も女の子になりきってしまって、だれも気がつかないほどです。」
「そのことは、わたしも、聞いています。それに頭がよく働いて、勇気があるのだから、まず申し分ないでしょうね。それでは、小林君に、この大事な仕事を、頼むことにしましょう。」
「それはいつですか。」
「二十面相と部下が、この次にプラネタリウムに集まって、会議を開く日です。一週間に一度というのだから、このつぎの金曜日ですね。」
「で、その銀色の玉を、どこにおいてくるのですか。」
すると、遠藤博士の顔がスーッと近づいて、小林君の頬にくっつかんばかりになりました。そして、なにごとか、ささやいたのです。
「わかりました。きっと、うまくやって見せます。」
小林君が、胸を叩くようにして、答えました。
そのとき、明智探偵は、ふと気づいたように、博士にたずねました。
「遠藤さん、治郎君は大丈夫ですか。治郎君もあの地下室に閉じこめられているのですから、やっぱり、その力の作用を受けるのではありませんか。」
「受けます。しかし、死ぬわけでも傷つくわけでもありません。二十面相を滅ぼすためには、わたしの子どもが同じ力の作用を受けるぐらいは、しかたがないのです。わたしが、こういう決心をしたのも、自分の発明に自信があるからです。治郎はその作用を受けても、すこしも心配はありません。」
博士は強い決意をあらわして、きっぱりと言いきりました。
さて、それから一週間めの金曜日のことです。練馬区の月世界旅行の見世物は、相変わらずにぎわっていました。向こうに、おわんを伏せたような大月球が、そびえています。敷地の三方のすみには月世界行きのロケットの発着所があり、大ぜいの見物たちが順番を待っています。
その一つの発着所の見物の中に、田舎の中学生に変装した小林少年が、まじっていました。
なんという、うまい変装でしょう。田舎らしい学生服、学生帽、スポーツずきの地方少年といった、いかつい黒い顔、小林少年のおもかげは、これっぽっちもありません。
その中学生は、切符を渡して、かかりの人に宇宙服を着せてもらいました。このかかりも、ほんとうは、二十面相の部下なのですが、小林君の変装には、すこしも気がつきません。
それから、順番を待って、空中にぶらさがっているロケットに乗りこみました。
やがて、ロケット発射。ケーブルにつられたロケットは、おそろしい爆音とともに、おしりから、白い煙をだして、矢のように、向こうの月世界へ、とんでいきます。月球に近づくと、ぐるっと回って、おしりの方から、でこぼこの月面に着陸。見物たちは、ロケットを出て、コンクリート造りの月面を、勝手な方角へはいのぼるのです。小林少年は、みんなから離れて、月球のてっぺんにかけのぼりました。