赤と青
お話はもとにもどって、こちらは二十面相にかどわかされた、遠藤治郎少年です。
麻酔薬をかがされた治郎君は、知らぬまに、自動車からおろされ、長い道を、どこともしれず、運ばれて行きました。
どれだけ眠ったのか、ふと目がさめると、ベッドの上に、横たわっていました。窓の一つもないみょうな部屋です。
治郎君が目をさますのを、待ちかまえていたように、ひとりの荒くれ男が、パンと牛乳をのせたぼんを持って、はいってきました。
「さあ、これをたべな。ひもじい思いは、させないよ。だいじなお客さんだからね。そのうちにおもしろいものを見せてやるよ。まあ、ゆっくり休んでいるがいい。」
窓がないので、昼か夜かわかりませんが、あとで、考えてみると、それは電人Mにかどわかされたあくる日の、お昼ごろでした。
治郎君は、おなかがすいていたので、パンと牛乳をすっかりたいらげました。
そして、ベッドに腰かけて、どうすれば、逃げだせるだろうかと、考えているうちに、時間がたって、また食事が運ばれてきました。パンとビフテキのごちそうです。治郎君は、これもきれいにたべてしまいました。
しばらくすると、さっきの男が、手に黒いきれをもって、はいってきました。
「さあ、いよいよ、おもしろいものを見せてやるよ。そこへいくまで、これで、目かくしをするんだ。」
と、言いながら、黒いきれで、治郎君に目かくしをしました。
そして、男に手をひかれて、廊下のようなところを、グルグル回って、みょうな部屋に連れこまれ、
「ここで待っているんだ。」
と、目かくしをはずして、冷たいコンクリートの床の上に、突き倒されました。
目かくしがなくなっても、目の前はまっくらでした。しんの闇です。むろん家の中でしょうが、どうしてこんなに暗いのか、わかりません。ここも、きっと、窓がないのでしょう。ひょっとしたら、地下室かもしれません。
突き倒されたまま、横になって、じっとしていましたが、いつまでたっても、目の前はまっくらです。
そのとき、とつぜん、パッとあたりがまっ赤になりました。血のような、きみのわるい色です。自分のからだを見ると、血まみれになったように赤いのです。
電灯は見えません。方ぼうに、赤いかくし電球がついているのでしょう。
すると、あっと思う間に、また、まっくらになってしまいました。
一分ほどすると、こんどは、まっさおな光です。あたり一面、海の底のような青い色に包まれました。それが、ずうっと向こうまで、つづいています。なんという広さでしょう。こんな広い部屋って、あるものでしょうか。
その青い色も、パッと消えて、また、もとの暗闇です。
こんどは、なかなか、明るくなりません。闇が、何百メートルも向こうまで、つづいているような、恐ろしい暗さです。
十分ほど、じっと、闇の中に、横になっていました。逃げ出そうにも、逃げ道がわからないのです。
すると、闇の中に、ポツンと二つの青いものが、あらわれました。目のようです。動物の目でしょうか。
その近くの闇の中に、また、二つの青い光が、あらわれました。
おやっと、思う間に、その青いものの数が、どんどんふえていきます。やがて、数えきれないほど、たくさんになりました。何百ぴきというホタルが、木の葉の上をはいまわっているようです。その青い光は、みんなノロノロと動いているのです。
そのうちの、いくつかが、だんだん、こちらへ、近づいてきました。えたいのしれない動物が、えものをめがけて、しのびよってくる感じです。
治郎君は、恐ろしくなって、逃げようとしました。そして、両手をついて、起き上がったとき、へんなものが手にさわりました。なんだか、グニャグニャした、ゴムのようなものです。それが、手先から、だんだん、肩の方へのぼってくるのです。
ギョッとして、ふりはらおうとしましたが、そいつは、ねばっこく、まといついて離れません。肩から、首の方へ、そして、首にグルッと巻きついてしまったではありませんか。
治郎君は、あまりのきみわるさに、キャーッとさけびました。
すると、そのとき、治郎君のさけび声が、合図ででもあったように、あたりがパッと赤くなったのです。あの血の色の赤さです。その赤い光の中に、なんともいえない恐ろしいものが、グニャグニャと、うごめいていました。
人間の大人ぐらいの大きさのタコのようなやつです。人間の二倍もあるような、大きな、まるい頭、かみの毛もなんにもなく、全体がつるつるしていて、そこに二つのまんまるな目が光っています。鼻らしいものはなくて、とんがった口が、とびだしています。足は六本です。それがグニャグニャと、もつれあって、一本の足が、治郎君の首に、巻きついているのでした。
タコならば、足に吸盤がついているはずですが、こいつの足はのっぺらぼうで、なにもついていません。
タコではないのです。タコによく似たお化けです。そいつの恐ろしい頭が、いまにも治郎君の顔に、くっつきそうになっています。
「キャーッ。」
治郎君は、また、悲鳴をあげて、逃げ出そうと、もがきました。
すると、目の前をふさいでいた、大きな頭が、横に動いたので、そのうしろが見えたのです。
そこを、一目みると、治郎君は心臓がのどのへんまで、とび上がってくるような気がしました。
そこには、血のような光に照らされて、何百というタコ入道が、ウヨウヨしているではありませんか。みんな六本の足で立ち上がって、大きな頭を、もてあますように、ヨロヨロと、うごめいているのです。
パッと赤い光が消えると、暗闇の中に、何百ものホタルが、静かに動いているように見えましたが、すぐに、青い光がつきました。こんどは海の底で、もつれあうタコ入道です。
そのとき、治郎君は、ハッと思い出しました。こいつらはタコ入道ではありません。電人Mといっしょに、東京じゅうをさわがせた、あの、火星人です。治郎君の家の階段を、電人Mの肩にまといついて、おりてきた、あの怪物です。
しかし、どうして、ここに、こんなにたくさんの怪物が、住んでいるのでしょう。いったい、ここはどこなのでしょう。治郎君は、いつのまにか、宇宙の旅をして、遠い星の世界へきていたのでしょうか。
そのうちに、ギャー、ギャーという、ものすごい音が、重なりあって、聞こえてきました。タコの化けものが、ないているのです。
火星人のなき声です。
青い光がパッと消えて、赤い光に変わりました。その変わり方が、だんだん早くなり、青、赤、青、赤と、めまぐるしくいれかわり、その中を、タコのお化けの大群が、ジリジリと、こちらに、おしよせてきました。
治郎君のまわりは、でっかい顔と、ギョロッとした目玉と、グニャグニャともつれた足とで、いっぱいになり、それが、治郎君をおしつぶさんばかりに、のしかかってくるのでした。