ふしぎな部下たち
しばらくすると、入口のかくし戸が、スーッと開きました。だれかが「ひらけ、ゴマ」の呪文を唱えたのでしょう。呪文を知っているからには、二十面相のおもだった部下にちがいありません。
はいってきたのは、まことに、へんてこな組合わせのふたりでした。ひとりは三十ぐらいの、りっぱな背広を着た紳士、もうひとりは、ぼろぼろの和服を着た、こじき婆さんです。半分白くなったかみの毛が、もじゃもじゃに乱れて、よごれた顔は、しわだらけで、おまけに、片方の目が、つぶれています。恐ろしく、きたない婆さんです。
ふたりは、電人Mの前の椅子に平気で、腰かけました。そして、こじき婆さんは、ふところを、もぐもぐやっていたかと思うと、すばらしい真珠の首飾りを、わしづかみにして、テーブルの上にザラッと投げ出しました。首飾りが、七つも八つも、からみあっているのです。
「きょうは、これだけです。最上級の真珠ですよ。銀座の宝玉堂で、この二十九号が(と紳士を指さして)やったのです。店を出たところに、わたしが、すわっていました。二十九号は、これをわたしのふところに、ほうりこんで、なにくわぬ顔で、歩いて行ったのです。
気のついた店員が、追っかけてきました。しかし二十九号の身体検査をしても、何もでてきません。店の前にすわっていた、このこじき婆さんが、ぐるだとは、だれも気がつかなかったのです。」
こじき婆さんが、太い男の声で、説明しました。どうやら、男が婆さんに変装しているらしいのです。つぶれているとおもった、片方の目も、大きく開いていました。
「うん、うまくやった。この真珠は、なかなか、質がいいぞ。しかし、こじきに化ける手は、もう使わない方がいい。いちどで、おしまいにするのだ。」
二十面相の電人Mは、鉄の手で、首飾りを持ち上げながら、満足そうに言うのでした。
そのふたりが出て行って、しばらくすると、また、秘密戸が開いて、黒い詰襟の服を着た男が、はいってきました。お巡りさんのような帽子を手に持っています。
この男も、遠慮なく、椅子にかけて、上着の胸にかくしていた、長い棒のようなものを、とりだし、テーブルの上におきました。ふるい掛け軸です。
「雪舟の絵です。国宝ですよ。」
男は、自慢らしく言いました。
「うん、そうか。よくやった。博物館からだね。」
電人Mは鉄の手で、その掛け軸を開いてみながら、たずねました。
「そうです。ごらんのとおり、博物館の番人の制服を来て[#「来て」はママ]はいりこんだのです。そして、ほんとうの番人に麻酔薬をかがせて、物置の中に、ほうりこんでおいて、やすやすと、この掛け軸を手にいれました。ほかの番人は、わたしを仲間だと思っているので、逃げだすのもわけはありませんでした。」
「ありがとう。これで国宝が十二点になったよ。だが、まだまだだ。いずれは博物館の美術品を、全部ちょうだいするつもりだからね。」
その部下が出て行くと、二十面相は、テーブルの上の電話機を取り上げました。
「豊島区の遠藤博士を呼び出してくれ。」
この地下のすみかには、電話の交換台まであるらしいのです。
「あ、あなたは遠藤博士ですか。……ぼくはごぞんじのものです。……え、わかりませんか。……ウフフフ……、このあいだまで、あなたの助手をつとめていた男ですよ。……そうです。電人Mですよ。……もうひとつの名は二十面相。……ハハハハ……、びっくりしていますね。……お子さんの治郎君はぶじです。だいじにしていますよ。
え、返してくれって? むろん、お返ししますよ。あなたの大発明とひきかえにね。あなたは、あの発明の秘密を、すっかり、ぼくに教えてくれるのです。それがすむまでは、治郎君はぜったいに、返しませんよ。
もし、秘密を教えることがいやだとおっしゃるなら、治郎君は永久に帰りません。……え、殺すのじゃないかって? いや、そんなことはしませんよ。ぼくは人を殺したり、傷つけたりは、けっしてしないのです。ただ、治郎君を、だれにもわからないところへ、かくしてしまうのです。あなたは一生、かわいい子どもと、会うことができなくなるのです。
いますぐ返事しなくてもよろしい。よく考えてください。いずれまた連絡しますからね。では、さようなら。」
ていねいなことばで、恐ろしいことを宣告したのです。
これで、二十面相の考えが、ポケット小僧にも、よくわかりました。治郎君は、殺される心配はありません。しかし、一刻も早く助け出さなければ、治郎君がかわいそうです。
ポケット小僧は、ここをどうかして抜けだして、明智先生や、中村警部に、知らせなければならないと思いました。
それから、すこしずつ、間をおいて、いろいろな姿をした部下たちが、五―六人も、やってきました。
あるものは、顔にベールをかけ、りっぱなドレスを着た美しい婦人に、なりすましていました。それが部屋にはいると、すっかり、男にもどって、男の声で話をするのです。
あるものは、顔に、かべのようにおしろいを塗り、チョビひげをはやし、ちんちくりんの背広を着て、どた靴をはき、短いステッキを、ふりまわしながら、はいってきました。チャップリンのチンドン屋に化けているのです。
あるものは、二十面相と同じ電人Mの姿で、ギリギリと、歯車の音をさせながらはいってきました。
そのときは、電人Mがふたりになって、どちらがどちらだか、わからなくなってしまいました。
そして、それらのふしぎな姿をした部下たちは、てんでに、その日のえものを、テーブルの上に置いて、立ち去るのでした。
いわれのある名刀、小さい金銅の仏像、指輪のいっぱいはいった、美しい宝石箱、西洋の有名な画家の油絵など、ありとあらゆる美術品が、集まってくるのです。
一日でこんなに集まるのですから、りっぱな美術室ができるはずです。ポケット小僧は、二十面相の大がかりなやりかたに、おったまげてしまいました。
そのとき、部屋のどこかで、ジジジジ……と、ブザーが鳴りました。それを聞くと、二十面相の電人Mは、急いで立ちあがり、部屋を出て行きます。
ポケット小僧は、すばやく、そのあとに、くっついて、かくし戸の外に出ました。