ぬけ穴の秘密
小林少年は、すぐに、よびこの笛をふいて警官隊にしらせました。するとむこうの闇の中から、あわただしい靴音がして、五人の警官がかけつけてきました。
「バスの中に骸骨男がいるんです。はやくつかまえてください。」
小林君が、叫びました。
「よしッ。」
警官のひとりが、バスのうしろの出入り口へ突進しました。
「おいッ、あけろ! ここをあけろ!」
警官は、にぎりこぶしで、出入り口のドアをたたいて、どなっています。
いつのまにかドアがしまって、ひらかなくなっていたのです。怪物が、中から鍵をかけてしまったらしいのです。
しかし、バスの中にいるのは、骸骨男だけではありません。正一君と、ミヨ子ちゃんのおとうさんの笠原さんも、いるはずです。骸骨男は、笠原さんをひどいめにあわせているのではないでしょうか。
すると、そのとき、バスの中から恐ろしい音が聞こえてきました。なにかがたおれる音、めりめりと、板のわれる音、どしん、どしんと、重いもののぶっつかる音!
笠原団長と骸骨男が、とっくみあってたたかっているのにちがいありません。もの音は、ますますはげしくなるばかりです。大型バスが、ゆれはじめたほどです。
「窓だ! 窓をやぶるんだ。」
警官のひとりが、どなりました。
「じゃあ、肩にのぼらせてください。ぼくが、やぶります。」
少年探偵団の井上一郎君が、その警官のそばへかけよりました。井上君は団員のうちで、いちばん力が強く、おとうさんに拳闘までおそわっている勇敢な少年でした。
「よしッ! 肩ぐるまをしてやるから、窓ガラスを、たたきやぶれ!」
警官は井上君を、ひょいと、だきあげて、じぶんの肩にまたがらせました。
井上君はナイフのえで、いきなりバスの窓ガラスを、たたきやぶって大きな穴をあけ、そこから手を入れて、とめがねをはずして、ガラッと窓をひらきました。
のぞいてみると、バスの中は、電灯が消えてまっ暗です。もう、かくとうはおわったらしく、ひっそりとして、なんの音も聞こえません。
「おじさん、だいじょうぶですか?」
井上君が、どなりました。すると闇の中から、「うう……。」という苦しそうな声が、聞こえてきました。
ああ、笠原団長はやられてしまったのでしょうか。そして、骸骨男は、闇の中にうずくまって、はいってくるやつに、とびかかろうと、待ちかまえているのではないでしょうか。
そのとき、人の動くけはいがしました。いつまでも、ごそごそと動きまわっているのです。
「ふしぎだ。消えてしまった。暗くてわからない。あかりを、あかりを!」
笠原団長の声のようです。
「懐中電灯をください。」
井上君がいいますと、警官が懐中電灯を渡してくれました。井上君は、それをつけて、窓からバスの中を照らしました。
まるい光の中に、よつんばいになっている笠原さんが、照らしだされたのです。その光におどろいたように、笠原さんは、よろよろと立ちあがりました。
ああ、そのすがた! パジャマは、もみくちゃになって、ところどころ破れ、顔にも、手にも、かすりきずができて血が流れ、パジャマにも、いっぱい血がついています。
その血だらけの顔が、懐中電灯の光の中に、大うつしになって、ヌーッとこちらへ近づいてきました。
「それを、かしてくれ……。」
井上君は、いわれるままに、懐中電灯を笠原さんに渡しました。
笠原さんは、それをふり照らして、バスの中をあちこちしらべていましたが、
「ふしぎだ。消えてしまった。どこにもいない……。」
とつぶやいています。
「骸骨男がいなくなったのですか。」
井上君が、たずねます。
「うん、いなくなった。消えてしまった。」
その問答を聞いた警官が、下からどなりました。
「ともかく、入口のドアを、あけてください。かぎがかかっているのです。」
笠原さんは、よろよろと、ドアのほうへ近つくと、かぎ穴にはめたままになっていたかぎを、カチッとまわし、ドアをひらきました。
待ちかまえていた警官たちが手に手に懐中電灯を持って、バスの中へなだれこんでいきました。
しかし、いくら探しても骸骨男はいないのです。
笠原さんは顔の血をふきながら説明しました。
「わたしが、ベッドでうとうとしていると、あいつは、いきなり、のどをしめつけてきたのです。むろんあいつですよ。骸骨の顔をした怪物です。
わたしは、びっくりしてはね起き、あいつと、とっ組みあいました。わたしも、そうとう力は強いつもりですが、あいつの腕ときたら、鋼鉄の機械のようです。
死にものぐるいのたたかいでした。だが、わたしは、むこうのすみへおしつけられたとき、すきを見て両足で、あいつの腹を、力まかせにけとばしたのです。
さすがの怪物も、よほどこたえたとみえて、こちらのすみに、ころがったまま、起きあがることもできません。わたしは、その上から、とびついていったのです。
ところが、そのとき、ふしぎなことがおこりました。上からおさえつけると、あいつのからだが、スーッと小さくなっていったじゃありませんか。そして、いつのまにか、消えてなくなってしまったのです。……じつにふしぎです。わたしは、わけがわかりません。」
警官たちもそれを聞くと、顔見あわせてだまりこんでしまいました。
骸骨男は人間にはできない化けものの魔法を、こころえていたのでしょうか。化けものか、幽霊でなければ、きゅうに、からだが小さくなったり、消えてしまったりできるものではありません。
「アッ! へんですよ。ここを見てください。」
懐中電灯を持って、バスの中をはいまわってしらべていた井上君が、叫ぶようにいいました。
警官たちが近づいて、井上君の指さすところを見ますと、バスの床板に、六十センチほどの四角な切れめがついていることが、わかりました。
「おしてみると、ぶかぶかしてます。ほら、ね。」
井上君が、力をこめて、そこをおしますと、グーッと下へさがっていくのです。
「アッ、ばねじかけの落とし穴だ。あいつは、ここから逃げたんだな!」
警官がそう叫んで足をふみますと、そこにぽっかり四角な穴があきました。
骸骨男のからだが、小さくなったように思ったのは、怪物がそこから下へぬけだしていったからです。まっ暗なので、そこに穴のあることがわからなかったのでしょう。
やっぱり怪物は、お化けや幽霊ではありませんでした。悪がしこい人間なのです。まえもって、ちゃんと、そういうぬけ穴をつくっておいてから、バスの中へあらわれたのです。
これでみますと、いままでに、たびたび消えうせたのも、みな、これに似たトリックをつかったのにちがいありません。