巨大なかげ
それから、警官隊と少年探偵団員は、懐中電灯をふり照らして、バスのまわりの原っぱを、くまなく捜しまわりましたが、なにも発見することができませんでした。骸骨男は、すばやく、どこかへ逃げさってしまったのです。
そこで、みんなはひとまず、ひきあげることになりましたが、ふたりの少年が最後まで残って、だれもいなくなった、まっ暗な大テントのそばを歩いていました。少年探偵団長の小林君と団員の井上君です。
「ぼくは、どうしてもわからないことがあるんだよ。あいつが、ぬけ穴から出たのはたしかだけれど、それからさきがふしぎなんだ。」
小林君が、深い考えにしずんで、ひくい声でいいました。
「え、それからさきって?」
井上君が、聞きかえします。
「ぬけ穴をぬければ、バスの下へおりてくるはずだね。」
「うん、そうだよ。」
「ところが、あのとき、バスの下へは、だれも出てこなかったのだよ。」
「え、どうして、それがわかるの?」
「ぼくが、ずっと、バスの下にかくれていたからさ、きみがおまわりさんの肩にのって、窓をやぶるまえからだよ。」
「へえ、団長は、ずっとバスの下に、かくれていたの? どうりで、みんながさわいでいるのに、団長のすがたが見えなかったんだね。」
「そうだよ。だれかひとりは、バスの下を見まもっていたほうがいいと思ったのさ。だから、ぬけ穴から、あいつが出てくれば、ぼくが、見のがすはずはなかったんだよ。」
「ふうん、へんだなあ。やっぱり、あいつは忍術つかいかしら?」
「そうかもしれない。そうでないかもしれない。明智先生にきかなければわからないよ。でも、ぼく、なんだかこわくなってきた。ほんとうにこわいんだよ。」
勇敢な小林団長が、こんなにこわがるなんて、めずらしいことでした。井上君は、びっくりしたように小林少年のよこ顔を見つめました。
すると、そのときです。ふたりの目の前に、恐ろしい夢のような、じつに、とほうもないことがおこりました。
闇の中にサーカスの大テントが、ボーッと白く浮きだしています。そのテントのかげから、なんだか灰色の巨大なものが、ヌーッとあらわれてきたのです。三十メートルほどむこうから、人間の何十倍もある巨大なものが、こちらへ近づいてくるのです。
小林、井上の二少年は、ギョッとして、そのばに立ちすくんでしまいました。
巨大な灰色のものは、ゆっくり、こちらへやってきます。もう十五メートルほどに近づきました。
「あッ、あれはゾウだよ。サーカスのゾウが、おりから逃げだしたのかもしれない。」
小林君がささやきました。
なるほど、それは一ぴきの巨大なゾウでした。しかし、ゾウとわかると、またべつのこわさに、おそわれるのです。踏みつぶされたり、鼻で巻きあげられたりしたら、たいへんだという、こわさです。
ふたりは、いきなり逃げだそうとしました。
すると、「ケ、ケ、ケ、ケ……。」というゾッとするような笑い声が、どこからか聞こえてきたではありませんか。
ふたりは逃げながら、思わずふりかえりました。
巨ゾウの背なかの上に、ふらふらと動いているものがあります。そいつが、笑ったのです。
「アッ、骸骨……。」
それは、あの骸骨男でした。いつも着ているオーバーや洋服をぬいで、はだかで、ゾウの背なかにまたがっているのです。
はだかといっても、人間のからだではありません。ぜんしん骸骨のからだなのです。白いあばらぼね、腰のほね、細ながい手足のほね、学校の標本室にある骸骨とそっくりです。そのほねばかりが、ゾウの背なかで、ふらふらとゆれているのです。
あいつは、からだまで骸骨だったのでしょうか。ほねばかりのからだに、洋服を着て、靴をはいて、ステッキをついて歩いていたのでしょうか。
ふたりの少年は、あまりのふしぎさに、三十メートルほどのところに立ちどまったまま、ぼうぜんとして、この奇怪なものを見まもっていました。
巨ゾウは少年たちには目もくれず、大テントにそって、のそのそと歩いていきます。その背なかに、白い骸骨がゾウに乗って、さんぽでもしているように、のんきそうに、ふらふらと、ゆれているのです。
「アッ、わかった。あいつ、黒いシャツを着ているんだよ。シャツに白い絵のぐで、骸骨の形がかいてあるんだよ。」
「なあんだ。じゃあ、やっぱり人間なんだね。」
「そうだよ。でも人間だとすると、骸骨よりも恐ろしいよ。化けものや幽霊よりも、もっと恐ろしいのだよ。」
小林君は、いかにも、こわそうにささやくのでした。
「ケ、ケ、ケ、ケ、ケ……。」
ゾウの上の骸骨が、また、ぶきみな笑い声をたてました。そして、なにか白いものを、サーッとこちらへほうってよこしたではありませんか。
それは四角な西洋封筒のようなものでした。まっ暗な空中をひらひらと飛んで、二少年とゾウとのなかほどの地面に落ちました。
そして、二少年が、あっけにとられて立ちすくんでいるあいだに、巨ゾウはテントにそって、だんだんむこうへ遠ざかっていき、灰色の巨体が、闇の中へボーッととけこんで、見えなくなってしまいました。
それを見おくると、二少年は恐ろしい夢からさめたように、闇の中で顔を見あわせました。
「テントの中に、おまわりさんがふたり残っているから、すぐに知らせよう。」
ふたりは、いそいで、地面に落ちている封筒のようなものをひろいあげると、大テントの入口にむかってかけだしました。
テントの中の幕でしきった小べやのようなところに、ふたりの警官が腰かけていました。そこだけに、小さな電灯がついています。
二少年は、警官のそばへいって、いまのできごとをくわしく話し、ひろった封筒を、さし出しました。
警官のひとりが、それを受けとって開いて見ますと、中には、つぎのような異様な文章を書いた紙がはいっていました。
ふたりの警官は、それを読むと、びっくりして顔を見あわせました。
「すぐに本庁へ知らせなければいけない。それから、笠原さんにも、これを見せておくほうがいいだろう。」
ひとりの警官は、本庁へ電話をかけるためにとびだしていきました。残った警官は、二少年をつれて、笠原さんの大型バスへいそぎました。
笠原さんは、顔や手にほうたいをして、バスの中のベッドに寝ていましたが、警官がはいってくるのを見て、ベッドの上に起きなおりました。そして、警官からことのしだいを聞き、恐ろしい手紙を読むと、まっ青になってしまいました。
「すぐに警官隊を呼んで、あいつをつかまえてください。ゾウに乗っていたとすれば、まだそのへんに、うろうろしているかもしれません。わたしはゾウのバスをしらべてみます。そのバスには、ゾウ使いの吉村という男が番をしているのです。どうしてゾウを盗みだされたか、わけがわかりません。」
それから笠原さんは、警官や少年たちといっしょに、ゾウのおりになっている大型バスへかけつけましたが、番人の吉村というゾウ使いは、さるぐつわをはめられ手足をしばられて、遠いところにころがされていました。そして、ゾウは、いつのまにか、もとのバスにもどっていました。骸骨男は、ゾウをもどしておいて、はやくもどこかへ逃げさったのです。なんというすばしっこい怪物でしょう。
それにしても、骸骨が残していった手紙は、いったい、どういういみなのでしょうか。
小林少年は、そんなばかなことが起こるはずがないと思いました。しかしそう思う下から、なんともいえないぶきみな考えが、むらむらとわきあがってくるのを、どうすることもできないのでした。