ふくろのネズミ
明智探偵が、落としぶたのところへ、ひきかえすと、ばねじかけのそのふたは、もとのとおりに閉まっていました。
「明智先生、どうしてもあきません。下からかぎをかけたのでしょうか。」
ほんものの笠原さんが、そこにしゃがんで、両手の指で落としぶたを開こうと、ほねおっていました。
「いや、そうじゃない。ボタンをおせばいいのです。どこかに、小さなおしボタンがあるはずです。」
明智はそういって、しきりに、そのへんを捜していましたが、テーブルの下の床に、そのボタンがあるのを発見して、グッと、スリッパでふみつけました。
すると、カタンと音がして、落としぶたが開き、そこに、まっ暗な四角い穴が開きました。
そのとき廊下に、どやどやと足音がして五人の警官が、かけつけてきました。まっさきに、明智探偵の心やすい警視庁の中村警部の顔が見えました。
「ピストルのあいずがあったので、やってきた。アッ! やっぱり地下道へ逃げたな!」
「そうだ。きみたちも、いっしょに、きてくれたまえ。……アッ、そうだ。ひとりだけ、ここに、番をしているほうがいい。入れちがいに逃げられては、こまるからね。」
いったかと思うと、明智はいきなり、まっ暗な四角い穴の中へ、とびこんでいきました。
穴の下には、はしごもなにもないので、穴のふちにぶらさがって、パッと、とびおりるほかはないのです。
中村警部は、ひとりの警官を、そこにのこし、あとの三人といっしょに、つづいて地下道にとびおりました。みなピストルをとりだして、いざといえば発射する用意をしています。
そのとき、まっ暗な地下道に、ひとすじの青白い光が、パッと、ひらめきました。明智が懐中電灯をつけたのです。
その光で見ると、地下道はトンネルのように、ずっとむこうまでつづいています。そのむこうのまがり角へ、チラッと人影がかくれました。二十面相が逃げていくのです。
「二十面相まてッ!」
中村警部のどら声が、地下道にこだまして、ものすごくひびきました。
明智の懐中電灯をたよりに、みんなはトンネルのまがり角までかけつけました。むこうを、二十面相が逃げていくのが見えます。
二十面相は、走りに走って、とうとうトンネルのいきどまりまできました。そこに鉄のとびらが閉まっています。二十面相は、ポケットから鍵を取りだして、そのとびらを開きました。
ここさえ出れば、草ぼうぼうの原っぱです。どちらへでも、逃げられます。
ところが、そのとびらを開いたかと思うと、二十面相は、「アッ!」といって立ちすくみ、いきなり、うしろへ走りだしました。
どうしたのでしょう。うしろには明智と四人の警官が、待ちかまえているではありませんか。
いや、逃げだしたはずです。その鉄のとびらのむこうには、ここにも五人の警官が待ちかまえていて、とびらが開くと、ドッとトンネルの中へなだれこんできたからです。
トンネルは一本道です。前からも、うしろからも警官隊です。どこにも逃げるところはありません。二十面相はとうとう、ふくろのネズミになってしまいました。
もうだいじょうぶです。しかし、あいてには、まだ、どんな奥の手があるかもわかりません。けっして、ゆだんはできないのです。
警官たちは、トンネルの両方から、そのまんなかにいる二十面相を、じりじりと、はさみうちにしていきました。
オヤッ、どうしたのでしょう。いくら懐中電灯で照らしても、二十面相のすがたが見えません。トンネルには、どこかに、枝道でもあるのではないでしょうか。
「アッ、ここにいた。つかまえたぞッ!」
どなり声が、トンネルの空洞に、こだましました。
「どこだッ?」
「ここだ、ここだ。」
声をたよりに、明智が懐中電灯を照らしながら、近づいていきますと、とつぜん、パッと、だれだかの手が、懐中電灯をたたき落としました。そのひょうしに、光が消えてしまって、あたりは、しんの闇になりました。警官隊は、ひとりも懐中電灯を用意していなかったので、もうどうすることもできません。
闇の中で、恐ろしいこんらんが、おこりました。
「おいッ、なにをするんだ。ぼくだよ、ぼくだよ。みかただよ。」
警官の声です。みかたどうしが、取っくみあっているのです。
「おいッ、みんな、入口をかためろ! 闇にまぎれて、逃げられるかもしれんぞッ。」
中村警部がどなりました。
「だいじょうぶです。入口のそとには、ぼくらの仲間を、ふたり残しておきました。ちゃんと見はっていますよ。」
警官のひとりが答えました。
「だれか、懐中電灯を持ってきたまえ。こんなに暗くては、どうすることもできない。」
中村警部の声に、ひとりの警官が、鉄のとびらのほうへ、いそいでかけだしていきました。
闇の中のこんらんは、まだつづいています。
「ワッ! いたい。ぼくだよ、ぼくだよ。」
「二十面相! どこにかくれている。出てこいッ!」
「アッ、そこにうずくまってるのはだれだッ?」
「ぼくだよ。まちがえるなッ。」
「いたいッ! こんちくしょう。」
「うぬッ! 二十面相だなッ。さあ、こい!」
闇の中の、そんなさわぎが、五分ほどもつづいたでしょうか。すると、やっと入口のほうから、怪物の目玉のような懐中電灯の光が二つ、こちらへ近づいてきました。
ひとりの警官が、両手で、二つの懐中電灯をふり照らしながら、かけてきたのです。