ふしぎなじゅうたん
笠原さんは、骸骨男の手紙を読んでから、すっかりおびえてしまって、バスの中などでくらさないで、もっと、厳重な家に住むことにしました。
さいわい、おなじ世田谷にアメリカ人の住んでいた西洋館があいていましたので、すぐに、そこを借りることにして、ふたりの子どもといっしょに、その西洋館にひっこしをしました。そこから毎日、サーカスの大テントへかようつもりなのです。
笠原さんは、じぶんたち親子と女中さんだけではこころぼそいので、サーカス団員の中から、力が強く勇気のある三人の男をえらんで、西洋館に住まわせることにしました。そして、三人が交代で、昼も夜も、正一君たちの部屋の見はりばんをすることになったのです。
さて、ひっこしをすませた、あくる日のお昼ごろのことです。
笠原さんが、これからサーカスへいこうとしているところへ、電話がかかってきたので、受話器を耳にあてますと、きみの悪いしわがれ声が聞こえてきました。
「うふふふ……、バスではあぶないと思って、西洋館へ逃げこんだな。うふふふ……、だが、おれは魔法つかいだ。どんなところへだって、しのびこむよ。うふふふ……、それよりも、気をつけるがいい。きみのかわいい子どもを、じぶんで殺さなければならない運命なのだ。それは家をかえたくらいで、のがれられるものではない。うふふふふ……気のどくだが、きみは、そういう運命なのだよ。」
そして、ぷっつり電話がきれてしまいました。
笠原さんは青くなって、二階の正一君とミヨ子ちゃんの部屋へかけつけました。その部屋の前には、ひとりのサーカス団員が、イスにかけてがんばっています。
「いま、骸骨男から電話がかかってきた。もうここへひっこしたことをしっている。ゆだんはできないぞ。しっかり、番をしてくれ。だが、子どもたちは、だいじょうぶだろうな。」
「だいじょうぶです。窓には鉄ごうしがはまってますから、そとからは、はいれません。入口はこのドアひとつです。ほら、聞こえるでしょう。歌の声が。正一ちゃんも、ミヨ子ちゃんも、元気に歌をうたっていますよ。」
「うん、そうか。」
笠原さんはドアをひらいて、ちょっと、中をのぞくと、安心したようにうなずいて、
「だが、わしはこれから、サーカスのほうへ出かけるから、あとは、くれぐれもたのんだぞ。いいか。」
「はい、三人でかわりあって、じゅうぶん見はっていますから、ご心配なく。」
団員は、さも自信ありげに答えるのでした。
笠原さんは、そのまま出かけていきました。サーカスは夜までやっていますから、帰りはおそくなるでしょう。
その日の四時ごろのことです。西洋館の門の前に、一だいのトラックがとまって、ふたりの男が、電柱ほどもある太い棒のようなものをトラックからおろし、それをかついで玄関へやってきました。
ベルをならしたので、サーカス団員のひとりがドアをあけますと、ふたりの男はいきなり、その棒のようなものを、西洋館の中へかつぎこみながら、
「こちらは、近ごろ、ひっこしをされた笠原さんでしょう。みの屋から、これをおとどけにきました。」
「エッ、みの屋だって? それは、いったい、なんだね?」
サーカス団員が、めんくらったように聞きかえしました。
「じゅうたんですよ、三部屋ぶんのじゅうたんですよ。」
長さは二メートルあまり、太さは電柱よりも太いような、でっかい棒は、三部屋ぶんのじゅうたんを、かたく巻いたものでした。
サーカス団員は、へんな顔をして、
「じゅうたんを注文したことは聞いていないね。まちがいじゃないかね。」
「いいえ、まちがいじゃありません。この町には、ほかに笠原という家はないのです。それに、ひっこしをした家も、ここ一けんです。まちがいありませんよ。」
「だが、ぼくは聞いていないので、代金をはらうわけにはいかないが……。」
「代金ですか? それなら、もうすんでいるんですよ。前ばらいで、ちゃんといただいてあります。それじゃ、ここへおいていきますよ。」
ふたりの男は、そのでっかい棒を、玄関の板の間のすみへ横にころがしておいて、さっさと帰っていきました。
サーカス団員は、きっと笠原さんが注文したのだろうと思ったので、笠原さんの帰るまで、そのままにしておくことにしました。
やがて、なにごともなく日がくれ、正一君とミヨ子ちゃんと三人の団員は、食堂に集まって、ばんごはんをたべていました。
ちょうどそのころ、玄関の板の間のうす暗いすみっこで、ふしぎなことが起こっていたのです。
そこに、横だおしになっている棒のように巻いたじゅうたんが、まるで生きもののように動きはじめたではありませんか。
じゅうたんの棒が、しずかにごろんところがって、巻いてあるじゅうたんのはじがとけ、またもうひとつ、ごろんところがると、とけたじゅうたんが倍になり、三どめに、ごろんところがったとき、中から、なにか、まっ黒なものがはいだしました。
それは人間の形をしていました。ぴったり身についた黒シャツと黒ズボン、黒い手ぶくろに、黒い靴下、ぜんしん、まっ黒なやつです。
そいつが、立ちあがって、こちらをむきました。その顔! やっぱりそうでした。骸骨です。骸骨の顔です。
骸骨男は、じゅうたんの中にかくれて、しのびこんだのです。なんという、うまいかくれ場所でしょう。そとからは、三まいの大きなじゅうたんが、かたく巻いてあるように見えますが、中は、人間ひとり、横になれるほどの空洞になっていたのです。
まっ黒な骸骨男は、廊下の壁をつたって、奥のほうへしのびこんでいきます。食堂の前をとおって、台所へ。しかし、食堂にいたおおぜいの人はだれも気がつきません。
ああ、ぶきみな骸骨男は、いったい、なにをしようというのでしょう。