鉄人の正体
鉄人Qは、行夫君の横に腰かけて、肩に手をかけて、だくようにしていますので、とても逃げだすことはできません。
運転手は、鉄人Qの部下らしく、黒めがねをかけて、鳥打帽をかぶり、顔じゅうに、ぶしょうひげのはえた、人相の悪いやつです。
「行くさきは、わかっているな。」
鉄人Qがいいますと、運転手は、
「へい、わかっています。」
と、答えて、車を走らせました。
四―五十分も走ったでしょうか。あたりはだんだん、さびしくなり、やがて、まっくらな、ひろい原っぱに出ると、車はそこでとまりました。
すると、そのとき、シーンと、静まりかえっていた原っぱが、にわかに、さわがしくなりました。
原っぱの中で、何十人という人影が、いりみだれて、動きはじめたのです。その人たちは、みんな草の中にしゃがんでいて、車を見ると、いっぺんに、立ちあがって、走りだしたらしいのです。
「わあああっ……。」
という、ときの声をあげて、車の方へ、かけだしてきます。
「トーチ、トーチ。」
という、叫び声が聞こえました。トーチというのは、エレクトリック=トーチという英語を略したもので、懐中電灯のことです。
その声を聞くと、むらがっている人影が、全員いっしょに、パッとトーチをつけました。そして、その何十というトーチの光が、鉄人Qの自動車に向けられたのです。
よく見ると、それはみんな子どもでした。ボーイスカウトの制服を着た子どもたちでした。
このボーイスカウトたちは、どういうわけで、こんなさびしい、夜の原っぱに、集まっていたのでしょうか。
「きみたちは、いったい、何者だっ。」
鉄人Qが、自動車の窓を開いて、どなりました。
すると、少年たちの中から、いちばん大きい少年が、つかつかと前に出て、Qの顔をにらみつけながら、答えました。
「ぼくたちは、少年探偵団だよ。」
その顔には、見おぼえがあります。小林少年です。少年探偵団長の小林少年です。あっ、ほかにも、見おぼえのある顔がたくさんあります。小林君のうしろには、あの小さなポケット小僧が、したがっていました。ボクシングのうまい井上一郎君や、おくびょうもののノロちゃんの顔も見えます。ぜんぶ、少年探偵団とチンピラ隊の少年たちで、合わせて三十人ほどの人数でした。
いつもは、きたないなりをしているチンピラ隊まで、りっぱなボーイスカウトの服を着ているのは、なぜでしょう。それには、わけがあるのです。
「仮面の恐怖王」という事件で、小林少年とポケット小僧は、山のほらあなの中で、小判のはいった箱を五十個発見しましたので、その山の持主は、少年探偵団に五百万円というお金を寄付してくれました。
そのお金は、明智先生があずかっているのですが、少年たちは、持ち運びのできる無線電話機がほしいといいますので、明智先生は、その手つづきをすませて、無線電話機を十個そなえつけることにしました。
無線電話機ができれば、少年たちは、それを持って、探偵をすることになり、あやしいやつを見つけたら、いままでのように、赤電話のあるところまでかけださなくても、すぐに明智探偵事務所と話ができますし、また、悪者につかまって、どこかへおしこめられても、いくらでも助けがもとめられるのです。
無線電話機をそなえても、まだすこしお金があまりましたので、それで、みんなの制服をつくることになったのです。ボーイスカウトの服と似ていますが、よく見ると、いろいろちがったところがあるのです。むねにはB・Dバッジが光り、帽子にもB・Dの記章がついています。
鉄人Qは、そういうことは知りませんが、小林少年やポケット小僧の顔が見えるので少年探偵団にちがいないと思いました。
「おい、逃げるんだ。どっかに明智のやつでも、かくれていたら、ことめんどうだ。このチンピラどもをけちらして、車をとばせ。」
運転手に命令しましたが、どうしたことか、車はいっこうに動きだしません。
「おいっ、おれのいうのが聞こえないのか。どうしたんだ。」
そういって、運転手の肩をたたきました。すると、運転手がぐっと、こちらをふりむいたのです。
「あっ、きさまっ。」
鉄人Qは、腰をぬかさんばかりに、おどろきました。運転手の顔が、いつのまにか別の人にかわっていたからです。いままでの、ぶしょうひげのきたない男ではなくて、りっぱな紳士の顔でした。黒めがねも、はずしていました。
「き、きさま、だれだっ。」
「ははは……、ぼくは明智小五郎だよ。きみのおそれている明智探偵だよ。」
運転手は、そういって、鳥打帽をぬぎました。すると、その下から明智探偵どくとくの、もじゃもじゃ頭があらわれたではありませんか。
「いったい、どうして、きさま……。」
鉄人Qは、あんまりびっくりしたので、口もうまくきけないのです。
「きみの部下の運転手は、警察の留置所にいるよ。あいつを警察にわたしておいて、ぼくが、つけひげやめがねで、あいつに変装して、車を運転したのさ。」
「いつのまに、入れかわったのだ。」
「きみが映画館へはいっているあいだにさ。たっぷり三十分はあったからね。」
「だが、どうしてこれが、おれの車だとわかった。」
「ははは……、ふしぎにおもうだろうね。おばけやしきの事件のときには、ぼくは福島県へいっていて、るすだった。だが、帰ってくると、すぐにしらべた。アサヒ屋という文房具店の主人が、あやしいと思ったので、さぐりを入れたのだ。そして、あの老人が店員にばけて逃げたことも、すっかりわかってしまった。きょう、日東映画館で、事件がおこることも、アサヒ屋の主人につきまとっている、ぼくの部下が聞きだしてきた。そこで、日東映画館の前に、待ちぶせして、きみが車をおりて、映画館へはいっていくとすぐ、運転手をとらえて、なにもかも、白状させてしまった。だからこの原っぱへくることも、ちゃんとわかっていたので、少年探偵団に、先回りをさせておいたんだよ。」
「ばかをいえ。おれの部下が、白状なんかするものか。そんな弱虫は、おれの部下にはいないはずだ。」
鉄人Qは、あざわらうのです。
「ところが、わけがあるんだ。ある名前をいったら、きみの部下は、びっくりして、いっぺんに白状してしまった。きみは、ほんとうの名前は、部下にもかくしていたんだな。」
「えっ、名前だって。」
「きみのほんとうの名前さ。」
「おれは鉄人Qだっ。」
「それは、だれでも知っている。もう一つ名前があるだろう。」
「き、きさま、何をいおうとするんだっ。」
鉄の顔には、なんの表情もあらわれませんが、よほどおどろいたとみえて、からだがブルブルふるえています。
「聞きたいのか。」
「いってみろ。」
「きみは、怪人二十面相だっ!」
明智探偵は、そういいはなって、人差し指を、まっこうから相手の顔につきつけました。
鉄人Qは、それを聞くと、いきなり車のドアを開いて、とびだしました。
しかし、そこには、少年探偵団がヒシヒシとつめかけて、手に手に万年筆がたのトーチの光を、こちらに向けています。
ためらっているうちに、すばやく車をおりた明智探偵に、腕をつかまれてしまいました。
「まだ、いってきかせることがある。きみはふしぎな老人がつくったロボットだと、見せかけているが、そうじゃない。きみはロボットの仮面をかぶった人間だ。怪人二十面相の世間をあっといわせるたくらみだ。鉄人Qには、ほんとうのロボットと、二十面相のばけたのと、二色あるんだ。ふしぎな老人も、としよりではない。二十面相がばけていたのだ。そして、老人にもなり、その鉄の仮面をかぶって鉄人Qにもなった。老人と鉄人Qとは、同じ人間なのだ。つまり怪人二十面相なのだ。鉄人Qには、きみだけでなく、きみの部下がばけることもある。老人といっしょに、姿を見せるときには、部下がQにばけているのだ。そうして、われわれの目をくらまそうとしたのだ。軽気球のついたエレベーターで逃げたのも、きみの部下だった。その方へ、みんなの注意を集めておいて、そのすきに、きみは老人の姿で、裏のへいを乗りこして、逃げようとしたんだ。
おばけやしきをつくったり、映画のフィルムにいたずらをしておどかしたり、あんなばかばかしいことをやるやつは、二十面相のほかにはないよ。きみの部下の運転手に、そのことをいってやったら、びっくりして、二十面相みたいな大悪人の部下だと思われては、たいへんだと、なにもかも白状してしまった。わかったか。おい、二十面相君、こんどこそ、とうとうつかまってしまったね。」
「ウフフフ、さすがは明智先生、よくそこまで見ぬいた。いかにも、おれは二十面相だよ。で、二十面相なら、どうするのだ。」
「警察にひきわたすのさ。」
「ウフフフフ……、そうはいくまいぜ。」
「なんだと。」
ふたりは、顔を向けあわせて、長いあいだ、にらみあっていました。
「こうするのだ。」
鉄人Qは、死にものぐるいの力で、明智探偵の手をふりはらったのです。そうして、まるで黒い風のように、まっしぐらに、少年探偵団員の中へ、とびこんでいきました。まさか、こんなに大ぜいにとりかこまれていて、逃げだすとはおもっていなかったので、少年たちも、ふいをつかれて、あっというまに、かこみをつきやぶられてしまいました。
みんなはトーチをふりながら、追っかけましたが、ひろい原っぱですから、トーチの光なんかでは、とても見通しがききません。
しばらく、右にいったり、左にいったり、さわいでいましたが、
「あっ、あすこにいる。こっちへやってくるぞ。」
少年たちが、その方へ、ライトを向けて叫びました。
ごらんなさい。くらやみの中から、鉄人Qが、こちらを向いて、ノッシノッシと、歩いてくるではありませんか。
少年たちは、
「ワーッ。」
といって、その方へかけよりました。
鉄人Qと少年探偵団の正面衝突です。
なにしろ、少年たちは三十人もいるのですから、いくら怪人でも正面からぶっつかってはたまりません。たちまち少年たちのために押したおされ、くみしかれてしまいました。
「おおい、そんなに押しちゃ、いたいよう。たすけてくれえ。」
みんなの下じきになった少年が、ひめいをあげました。鉄人Qは倒れたまま、動かなくなりましたので、みんなはおさえるのをやめて、立ちあがりました。
「あらっ? こいつ、人間じゃないよ。」
ひとりの少年が、叫びました。
ごらんなさい。鉄人Qのおなかがやぶれてたくさんの歯車が、こぼれだしているではありませんか。
ああ、これはどうしたことでしょう。明智探偵はせっかくつかまえた二十面相を、とり逃がしてしまったのでしょうか。いや、名探偵が、そんなへまをやるはずがありません。これにはきっと、何かふかいわけがあるのです。