午後十時
まもなく、小林少年が帰ってきて、書斎にはいりました。もう夕がたです。食事の時間になりました。
食事は、ひとりずつ、かわりあって食堂へいき、書斎には、いつも三人のうちのふたりが、のこっているようにしました。
小林少年が、さいごに食事に立ちました。もう七時をすぎています。
書斎には、淡谷さんと一郎青年の親子がのこりました。もう話すこともなく、だまりこんでむかいあっています。しいんとして、だんろ棚の上の置時計のカチカチという音だけが、いやに大きく聞こえるのです。
「わしは、ちょっと手洗いへいってくるから、しっかり見はっていてくれよ。」
淡谷さんが、そういって立ちあがりました。
「ええ、だいじょうぶです。」
一郎青年が、たのもしげに答えました。
ああ、あぶない! あやしい一郎青年だけをのこして、部屋をあけるなんて! しかし淡谷さんは、すこしも一郎をうたがっていないのですから、あぶないなどとは思いません。そのまま、ドアの外に出ていってしまいました。
淡谷さんが部屋にいなかったのは、たった五分間でした。しかし、その五分間に、書斎でどんなことがおこっていたかは、だれもしりません。
淡谷さんがもどってみると、一郎青年は、もとのいすにかけて、ゆったりと、たばこを吹かしていました。
まもなく、小林少年も、食事をすませて帰ってきました。それから十時まで、三人は一度も書斎から出ませんでした。
時間のたつのが、おそろしく長いように思われました。
置時計が、八時をうち、やがて九時をうち、九時半となり、九時四十分となり、九時五十分となりました。
「あと十分で、十時ですね。」
一郎青年が、ぽつんといいました。だれも答えません。
みんな、だまりこんでいますが、心は、はりつめた糸のようにきんちょうしているのです。カチカチカチと、時のたっていくのが恐ろしいようでした。
「あと五分ですね。」
また、一郎青年がぽつんといいました。
三人は、じろじろと、おたがいの顔をにらみあっていました。
そのとき、一郎青年が、すっと立ちあがりました。そして、ゆっくり、むこうがわへ歩いていくと、ガラス窓をひらいて、まっ暗な庭をながめました。
「なにもいません。庭からやってくるのではないようですね。」
そういって、窓の戸にかけがねをおろして、もとのせきにもどってきました。
チーン、チーン、チーン……。
置きどけいが、びっくりするような音で、十時をしらせました。ああ、とうとう約束の十時がきたのです。