ヘリコプター
小林少年と五人の刑事は、四十面相の消えた金色の壁の前に、かけよりました。そこに、秘密の出入り口があるにちがいないと思ったからです。
よく見ますと、金色の壁に、遠くからは見えないような、ほそい線がついていました。かくし戸です。どこかにそれをひらくしかけがあるのでしょうが、きゅうにはわかりません。
小林君が、あちこちとさがして、やっと、それを見つけました。壁と床のあわせめに、小さな金色のおしボタンがあったのです。
いそいで、それをおしますと、金色の壁の一部が、スウッとむこうへひらきました。中は、まっ暗なほら穴です。
小林少年と、吉村少年と、五人の刑事が、身をかがめて、その穴の中へはいっていきました。
小林君が懐中電灯をつけて、照らしてみました。人間ひとり、立って歩けるほどの、せまいトンネルが、ずっとむこうまで、つづいています。
小林君は、さきにたって、どんどん進んでいきましたが、十五メートルもいくと、もっとひろい地下道に出ました。
その地下道は、いっぽうは、金色の部屋のほうにつうじ、もういっぽうは階段になって、地上への出口につうじているように思われましたので、みんなは、その階段をかけあがりました。
階段をあがりきると、頭の上に、ぽっかりと、まる穴があいていて、その外が、うす明るく見えるのです。夜なかですが、地上は、地下道のように、まっ暗ではありません。
みんな、その穴から、外に出ました。そこは、時計やしきの塀の外の原っぱでした。いちめんに草がはえて、ところどころに、せのひくい木のしげみがあります。地下道の出入り口も、そういうしげみの中にかくされていたのです。
空には、いちめんに星がまたたいていました。その星あかりですかしてみますと、うしろには、時計やしきの建物が、黒くうずくまって、その屋根の上に、時計塔がそびえています。
その反対がわは、どこまでも、原っぱや、畑つづきですが、その原っぱの中に、一だいのヘリコプターがとまっているのが、かすかに見えました。
「アッ、ヘリコプターだ。四十面相は、ヘリコプターに乗って、逃げようとしているんだッ。」
刑事のひとりが、大声で叫びました。
四十面相がヘリコプターをもっていることは、ほかの事件で、わかっていましたが、時計やしきの事件では、このときはじめて、ヘリコプターがあらわれたのです。
「それッ。」
というと、ふたりの少年と五人の刑事は、ヘリコプターめがけて、かけだしました。
しかし、もうおそかったのです。サアッと、おそろしい風が吹きつけてきました。ぶるん、ぶるん、ぶるん、プロペラが、まわりはじめたのです。ヘリコプターは、しずかに、空へのぼっていきます。
パン、パン、パン、パン、パン。
五人の刑事が、ヘリコプターめがけて、てんでにピストルをうちましたが、急所へあたらなかったとみえて、ヘリコプターはとまるようすもありません。みるみる高度をまして、いつしか、星空の中へ、すがたをかくしてしまいました。
刑事たちは、がっかりして、原っぱに、こしをおろしたまま、だまりこんでいます。しかし、小林少年だけは、なぜか、へいきな顔をしているのです。
「四十面相は、けっして、逃げることはできません。だいじょうぶですよ。いまにわかります。」
小林君は、そんなことをいって、刑事たちをなぐさめました。
しばらくすると、むこうの道路のほうから、明るい光が近づいてきました。自動車のヘッドライトです。しかも、一だいだけではありません。原っぱの一部分が、昼のように、明るくなりました。
それは、ふつうの自動車ではなく、車体を白くぬった、二だいのパトロール=カーでした。
刑事たちは、立ちあがって、ふしぎそうに、それをながめています。
パトロール=カーが、原っぱの中にとまると、どやどやと、数名の警官がおりてきましたが、その中に中村警部のすがたも見えました。
× × × ×
空では、ヘリコプターが、原っぱの上空を、ぐるぐるとまわっていました。
操縦席には、四十面相の部下が、そのよこの席に、四十面相が、こしかけています。
「おい、どうしたんだ。いつまで、おなじところを、まわっているんだ。いくさきは、よく知っているはずじゃないか。早く、そっちへとばせろ。」
四十面相が、となりの部下を、しかりつけました。
そのとき、四十面相のうしろで、みょうなことがおこっていました。
そこには、荷物を入れる大きな箱がおいてあって、上にカーキ色のズックがかぶせてあるのですが、そのズックが、もぐもぐ動いて、下からニュウッと、人間の手が出てきたのです。その手は、黒っぽいピストルをにぎっているではありませんか。
そのピストルが、四十面相のせなかに、ぴったり、おしつけられました。
「アッ!」
四十面相が、おどろいてふりむくと、うしろの男は、ズックをパッとはねのけて立ちあがり、てばやく四十面相のからだをしらべて、ズボンのポケットから、あの金色のピストルをぬきとってしまいました。
「きさま、なにものだッ。」
「四十面相君、ぼくの顔をわすれたのか。しばらくだったなあ。」
黒いズボンに、黒いスポーツ=シャツをきた男が、四十面相のせなかにピストルをあてたまま、にこにこ笑っていました。
「ヤッ、きみは明智小五郎だなッ。」
「そうだよ。そして、この操縦席にいるのは、きみの部下でなくて、ぼくのなかまが変装しているのだ。きみの部下は、しばりあげて、さるぐつわをかませて、原っぱのすみに、ころがしてあるんだよ。」
「エッ、それじゃ、こいつも、にせものかッ。」
四十面相は、今夜は、にせもののために、ひどいめにあう晩です。さっきはヨシ子ちゃんのにせもの、いまは操縦席の部下のにせもの。
「四十面相、下の原っぱを見たまえ、警視庁のパトロール=カーが、二だいきている。小型のサーチライトをとりだして、原っぱを照らしている。あの光の中へ着陸するんだ。たぶん、中村警部もきているはずだよ。」
こんなに、つぎつぎと、先手をうたれては、さすがの四十面相も、もうどうすることもできません。かれは、かんねんしたように、目をつぶって、ぐったりと、いすにかけています。
ヘリコプターは、しずかに、原っぱの光の中へおりていきました。地面に近づくにしたがって、大ぜいの警官の中に、中村警部が立っているのが、よく見えてきました。
小林少年と吉村少年のすがたも見えます。
そのほかに、十人ほどの少年が、光の中を、あっちへ走ったり、こっちへ走ったりしています。このま夜なかに、いったい、どこの子どもでしょう。
ああ、わかりました。少年探偵団のチンピラ隊です。ありの町ではたらいている、くずひろいの少年たちです。かれらは、いつでも、小林団長のために、命がけではたらいてくれる勇敢な少年たちです。
今夜も、なにかてつだうことはないかと、原っぱのしげみの中にかくれていたのです。そして、四十面相がヘリコプターに乗るのを見おくりました。じゃまをしてはいけないと、小林団長からいいつけられていたからです。
ヘリコプターは、地面におりました。警官たちが、そのまわりをとりかこみ、操縦席からおりてくる四十面相をとらえると、手ばやく手錠をはめてしまいました。
そのとき、警官たちをかきわけるようにして、時計やしきの主人の園田さんが、明智探偵に近づいてきました。うしろに丈吉少年もついています。
園田さんは、明智探偵と小林少年の手をにぎって、お礼をいっています。そのそばに、中村警部のにこやかな顔。
「明智先生ばんざい。」
「小林団長ばんざい。」
「少年探偵団とチンピラ隊ばんざい。」
いつのまにか、明智探偵のまわりを、とりかこんでいた、チンピラ隊の少年たちが、声をそろえて、ばんざいを叫ぶのでした。