三人のかえだま
小林少年と五人の刑事がはいっていった地下室は、まっ暗な廊下のようなところでした。懐中電灯で照らしてみますと、床も、壁も、天井も、赤れんがで、ところどころに、こけがはえていました。よほどふるい地下室です。
六人が、そこを、おくのほうへ歩いていきますと、いきなり、
「ワハハハハハ……。」
と高笑いの声が、ひびいてきました。
懐中電灯の光を、そのほうへむけますと、廊下のつきあたりのドアがひらいて、そこに、ふしぎな怪物が、立ちはだかっているではありませんか。
ぴったり身についた黒いシャツとズボン、ふわふわした黒いマント、きつねの目のように、つりあがった黒めがね、頭には、ふわふわした毛がみだれて、そのあいだから、二本の角が、ニュウッとつきだしているのです。
「アッ、こうもり男だッ。」
小林君には、ひと目で、それがわかりました。この事件の最初に、時計塔の屋根のてっぺんや、淡谷スミ子ちゃんのおうちにあらわれた、あのぶきみなこうもり男です。
「あいつ、四十面相の変装です。つかまえてください。」
小林君のことばに、五人の刑事は、こうもり男めがけて、とびついていきました。
すると、ふしぎなことに、こうもり男は、なんのてむかいもせず、つかまえられてしまったのです。
「ワハハハハ……、おれは四十面相じゃないよ。四十面相には、いつでも、かえだまがあるんだ。いつかは、おかしら自身が、こうもり男に化けたこともあるが、きょうはそうじゃない。おれはかえだまだよ。ざまあみろ。ワハハハハハ……。」
こうもり男は、そういって、さもおかしそうに笑うのでした。
「ともかく、逃げださないように、しばっておこう。」
刑事たちは、こうもり男をとりかこんで、手と足を、ぐるぐるまきにしばりあげて、そこへころがしました。
そして、また奥のほうへ進んでいきますと、むこうのドアが、スウッとひらいて、
「エヘヘヘヘヘ……。」
と、いやな笑い声が聞こえてきました。
小林少年の万年筆型の懐中電灯のほかに、ふたりの刑事の大型懐中電灯が、そのほうを照らしました。
そこに立っているのは、赤い道化師でした。時計塔のてっぺんで、こまのようにぐるぐるまわっていた、あの道化師、林の中で淡谷スミ子ちゃんをさらっていった、あの赤い道化師です。
「きさま、四十面相だなッ。」
刑事のひとりが、どなりつけました。
「エヘヘヘヘヘ……、ちがうよ。おらあ、ただの道化師さ。いつかは、おかしらが、おれとおんなじすがたに化けたこともあるが、きょうはちがうよ。おらあ、おかしらのかえだまさ、エヘヘヘヘヘヘ……。」
道化師はそういって、ふらふらと、あやつり人形がおどるようなかっこうをしました。
この道化師も、刑事たちのためにしばりあげられ、逃げられないようにして、そこへころがされました。
そして、小林少年と刑事たちは、また、奥のほうへ進んでいきましたが、そのつぎの部屋にはいると、またしても、
「イヒヒヒヒヒ……。」
という、ものすごい笑い声がひびいてきました。
そして、天井から、サアッと白いものが落ちてきたかと思うと、部屋のまん中に、ふわふわとただよいながら、
「イヒヒヒヒヒ……。」
と笑いつづけるのです。
そいつは、白い幽霊でした。
「きさまッ、園田ヨシ子さんをさらっていったやつだな。さあ、ヨシ子さんをかえせ。ヨシ子さんを、ここへつれてこい。でないと、いたいめを見せるぞッ。」
刑事がどなりました。
「ヨシ子をさらったのは、かしらだよ。おれは、おなじふうをしていても、かえだまなのさ。時計塔のてっぺんから、サアッと塀の外までとんでみせたりしたのは、おれのほうだが、ヨシ子をさらったのは、おれじゃないよ。イヒヒヒヒヒ……。」
「よしッ、こいつもしばってしまえ。」刑事たちはとびついていって頭からかぶっている白い布を、めくりとりました。
すると、中から出てきたのは、セーターにフラノのズボンをはいた、二十五、六歳の青年でした。四十面相の部下にちがいありません。
刑事たちは、この青年の手足も、ぐるぐるまきにしばって、そこへころがしました。
これで、四十面相のかえだまが、三人そろったわけです。みんな塔上の奇術師でした。塔のてっぺんの避雷針の上で、こまのようにぐるぐるまわったり、こうもりのように、マントの羽根をはばたいたり、てっぺんからロープづたいに、サアッと地上へおりてみたり、塔上の機械室から、煙のように消えてみたり、いろいろの奇術を演じて、警察や、明智探偵や、少年探偵団を、からかったやつらです。
しかし、いままでにしばりあげた三人の怪物は、みんな、かえだまだというのですから、ほんものの四十面相が、まだ、どこかにかくれているはずです。六人は、またもや、地下室の奥へと進んでいくのでした。
ずいぶん広い地下室です。塔の地下へおりてから、ドアを三つもとおりすぎました。その一つ一つは、せまい部屋でしたが、それにしても、まだこのさきにドアがあるようですから、じつに奥ぶかい地下室といわなければなりません。
その奥に見えているのは、大きなりっぱなドアでした。そのむこうには、なんだか広い部屋がありそうに思われます。
小林君は、そのドアに近づくと、まるで、礼儀ただしい訪問者のように、こつこつと、ていねいにドアをノックしました。
「おはいりなさい。」
ドアの中から、これもまた、ていねいな答えがひびいてきました。
小林君はドアをひらいて、部屋の中にはいりました。五人の刑事も、それにつづきます。
六人は、部屋の中を一目見たかと思うと、あまりのことに、「アッ。」といったまま、立ちすくんでしまいました。
まるで、童話の世界へふみこんだような気持ちです。それとも夢を見ているのでしょうか。
その広い部屋は、壁も天井も、テーブルも、いすも、みんな金色に光りかがやいているのです。
天井からは、なん百という水晶の玉のついたシャンデリアがさがって、キラキラと美しく光っています。
一方の壁には、りっぱなガラス戸だなが、ズラッとならび、その中に、彫像だとか、ふるい西洋のつぼだとか、黄金のかざりのある西洋の剣だとか、りっぱな美術品がいっぱいおいてあります。
宝石をちりばめた箱だとか、胸かざり、腕輪なども、たくさんならんでいます。なかでも、ひときわめだつのは、どこかの国の王冠でした。黄金の台に、無数の宝石をちりばめた、その王冠のみごとさ、小林君や刑事たちは、そのあまりの美しさに目もくらむ思いでした。
読者のみなさん、この美しい部屋は、まえに、どこかで見たような気がするではありませんか。そうです。淡谷さんが、宝石ばこを持って、さらわれたスミ子ちゃんをつれもどしにいった、あの地下室です。黄金のいすやテーブルも、シャンデリアも、ガラスだなの中の王冠も、あの部屋にあったのと、まったくおなじです。
しかし、あのとき淡谷さんは、時計塔とははんたいがわへ、半キロほどいった八幡神社の前で、四十面相の自動車に乗せられ、三十分も走ったところでおろされたのです。そんな遠方の地下室がいつのまに、時計やしきの下へうつってきたのでしょうか。小林君が、そんなことを考えていたときです。
「おう、小林君だね。うしろにいるのは、警視庁の刑事諸君だろう。よくきてくれた。さあ、ここへかけたまえ。」
金ぴかの部屋の金ぴかのテーブルのむこうから、おちついた男の声がひびいてきました。
見ると、テーブルのむこうの黄金のいすに、ひとりの男がこしかけていました。黒ビロードの服を着て、黒ビロードのベレー帽をかぶった、三十ぐらいのりっぱな男です。
「ぼく小林ですよ。この五人のかたは、中村警部の部下です。きみは、四十面相ですね。」
小林君が、つかつかと前にすすんで、黒ビロード服の男をにらみつけました。
「そのとおり。四十面相だよ。きみたちは、よくここまで、こられたねえ。秘密の入口を見つけたのは、小林君だね。」
「そうですよ。ぼくはなにもかも知っているんです。」
「ほう、なにもかもね。たとえば……。」
四十面相は、おちつきはらって、にこにこしながら聞きかえしました。
「たとえば、この地下室は、いつか淡谷庄二郎さんが、きみの自動車で、目かくしをして、つれられてきた、あの金ぴかの部屋とおなじ場所だということです。」
「ほう、そうかね。あのとき淡谷君は、三十分も自動車ではこばれたはずだよ。ところが、淡谷君のうちから、ここまでは、三百メートルぐらいしかないんだぜ。」
「それで、ごまかされたんです。自動車で三十分も走ってみせて、さも遠いところにあるように、見せかけたんです。ほんとうは、あの自動車は、どこかをぐるぐるまわって、またもとのところへ帰ってきたのでしょう。淡谷さんも、スミ子ちゃんも、目かくしをされていたので、それがわからなかったのです。その秘密が、いまやっとわかりました。あのとき、ぼくが自動車の下にさげておいたコールタールのかんを、きみが気づきさえしなければ、もっとはやく、この秘密がわかったんだけれど……。」
「ハハハハハ……、あのときはおもしろかったね。せっかくの、きみの名案が、おじゃんになってしまった。
警察犬がきみをひっぱっていったのは、淡谷君自身のうちだったじゃないか。ハハハハハ……。」
「うん、あのときは、きみにやられちゃったよ。ハハハハ……。」
小林少年も、負けないで、おかしそうに、笑ってみせました。怪人四十面相と、少年名探偵の対話は、なかなかみごとでした。小林君は、なおもしゃべりつづけました。
「いつか、園田丈吉君とヨシ子ちゃんが、スミ子ちゃんの泣き声が、地の底から聞こえてくるような気がして、地下室をさがしたことがあったのです。しかし、園田さんの地下室には、なにもあやしいことがなかった。この地下室と園田家の地下室とは、まったくべつものだからです。
両方とも、園田さんの西洋館の下にあるんだけれども、こちらは秘密の地下室で、ふつうの地下室とは、ぜんぜんべつになっているのです。むかし、この時計やしきをたてた人が、そういう秘密なことがすきで、だれにもわからない地下室をつくっておいたのでしょう。
それを、きみが発見して、秘密のかくれがにつかっていたのです。この部屋を、美しくかざりつけて、ぬすんだ美術品や宝石を集めたのです。
時計塔の上に、こうもり男や道化師があらわれたのも、この地下室と、塔の五階の秘密の出入り口をつかったとすれば、なんでもないことです。
ところが、園田さんが、この時計やしきを買って、住むようになったので、きみはこまってしまった。いままでのように、かってきままに、ふるまうことができなくなった。うっかりすると、秘密の地下室を、見やぶられてしまうかもしれないんだからね。
それできみは、園田さんを、ここからおいだそうとして、白い幽霊を出したり、ヨシ子ちゃんをさらったりして、おどかしたのです。ね、そのとおりでしょう?」
「うん、そのとおりだ。さすがに小林君、よくさっしたね。ところで、きみたちは、おれをつかまえにきたんだろうね。だが、そうはいかないのだよ。おれはヨシ子という人じちをもっている。きみたちが、おれをつかまえようとすれば、ヨシ子の命がなくなるのだ。ハハハハハ……、きみたちは、それでも、おれをつかまえるというのかね。」
四十面相は、そういって、ズボンのポケットから、金色のピストルをとりだしました。その部屋にふさわしい、きれいなピストルです。かれは、そのまま立ちあがって、つかつかと、部屋のすみへ歩いていきました。
そこに、大きな洋服だんすがおいてあります。かれは、ピストルをかまえたまま、その扉を、サッとひらきました。
中には四十面相の着がえの服がたくさんつってありましたが、そのうしろに、園田ヨシ子ちゃんが、さるぐつわをはめられて、手足をしばられて、うずくまっているはずでした。
四十面相は、つってある洋服を、五つ六つはずしてしまって、そのうしろが見えるようにしました。
すると、思いもよらぬことがおこったのです。
四十面相は、「アッ。」と叫んで、たじたじと、あとずさりをしました。
ごらんなさい、洋服だんすの中には、ヨシ子ちゃんではなくて、白いシャツとパンツの、かわいらしい少年が、つっ立っていたではありませんか。
「き、きみは、いったい、だれだッ?」
四十面相が、あっけにとられて、たずねました。
「ぼく、少年探偵団の吉村菊雄っていうんです。小林団長のしんせきの子です。」
見ると、吉村少年は、少女のようなきれいな顔をしています。どうやら、おけしょうをしているようです。ひたいの上のほうは、おしろいがぬってないので、赤く見えます。かぶっていたかつらをぬいだのでしょう。
吉村少年は、ヨシ子ちゃんとよくにた顔だちなので、ヨシ子ちゃんに化けて、ヨシ子ちゃんのベッドに寝ていたのです。四十面相は、かえだまとは、夢にも知らず、吉村少年をさらってきたのでした。
読者諸君は、あのとき、灰色のシャツをきて、灰色の覆面をした、ひとりの少年を、中村警部が自分の自動車にのせて、帰っていったことを、おぼえているでしょう。あの灰色の少年が、じつはヨシ子ちゃんだったのです。ヨシ子ちゃんは、中村警部のうちへつれられていって、そこで、だいじにほごされているのです。
そのとき、洋服だんすの中の吉村少年は、足もとに、ぬぎすててあったヨシ子ちゃんの服と、それから、少女のかつらをひろって、四十面相のほうへつきだして見せました。
「それじゃあ、きみがかつらをかぶって、ヨシ子の服をきて、化けていたんだなッ。」
四十面相が、やっと、ことのしだいをさとって、くやしそうにいいました。
「ハハハハ……、きみは変装の名人のくせに、他人の変装は見やぶれないんだね。ハハハハ……。」
小林少年に笑われても、四十面相は、かえすことばもありません。こわい顔をして、じっと吉村少年をにらみつけながら、
「だが、おれは、きみの手足を、しばっておいたはずだが……。」
と、ふしぎそうな顔をしています。
「ぼくね、縄ぬけ術を知っているんだよ。手をうしろでしばられるときに、うまく両手をくんでいたんだよ。だから、すぐにぬけられるんだ。そして、手さえ自由になれば、足の縄がほどけるし、さるぐつわもとれるんだからね。」
吉村少年は、洋服だんすの外へ出ながら、得意らしくいうのでした。
そのとき、小林少年のうしろに立っていた五人の刑事のひとりが、パッと前に出たかと思うと、吉村少年をだくようにして、もとの場所へとびかえりました。
吉村少年は、五人の刑事にとりまかれ、もう四十面相は、手だしができなくなってしまったのです。
「四十面相、きみも運のつきだッ、さあ、手錠をうけろッ。」
四人の刑事が、サッとピストルをとりだして、ねらいをさだめました。そして、ひとりの刑事は手錠を持って、四十面相に近づいていくのです。
「ハハハハ……、おれにその手錠をはめるというのか。こいつは大笑いだ。ハハハハハ……、はめられるものなら、はめてみろッ。」
四十面相は、そういいながら、ジリッ、ジリッと、あとずさりをして、一方の金色の壁に、ぴったり、せなかをつけました。
そのとき、カタンと、みょうな音がしました。
みんなが、ハッと息をのみました。
四十面相のすがたが、パッと消えてしまったのです。まるで、忍術をつかったように、消えてしまったのです。