小林少年の冒険
ころがったまま見ていますと、首領らしいやつは、自分の服をぬぎすてて、一郎さんの服を身につけました。そして、どこからかあぶら絵の絵のぐ箱を出して、それをひらいて、だんろ棚の上におき、鏡の前に立って、筆で絵のぐをまぜながら、顔のけしょうをはじめました。何本も筆を持って、ちょいちょいと、いろいろな色を、自分の顔にぬっているのです。
それからしばらくして、首領らしいやつは、ひょいと、こちらをふりむきました。
「一郎君、どうだね、この顔は?」
それを見ると、一郎さんは、びっくりしてしまいました。自分とそっくりのやつが、そこに立っていたからです。みごとな変装です。筆で、ちょいちょいとやったばかりで、その男の顔は、一郎さんと見ちがえるほど、よくにてしまったのです。
「おれは変装の名人だ。わかるかね。つまり、いくつでも顔をもっているんだ。今までの顔だっておれのほんとうの顔かどうか、わからないのだよ。しょっちゅう、ちがった顔につくっているものだから、おれは、自分の顔を、わすれてしまったほどだよ。アハハハハ……、わかったらしいね。きみが恐れている怪人四十面相というのは、このおれなんだよ。」
一郎さんは、ギョッとして、なにか叫びましたが、さるぐつわをはめられているので、声にならないのです。
(ああ、こいつが四十面相だったのか。こうして、ぼくに化けてうちへのりこみ、みんなにゆだんさせて、宝石をぬすみだすつもりだなッ。)
一郎さんは、やっとそこへ気がつきました。しかし、どうすることもできません。ただ、そこにころがったまま、恐ろしい目で、あいてをにらみつけているばかりです。
「しばらく、そうしてがまんしているんだよ。十時すぎには、きっと帰ってきて、なわをといてやるからね。」
四十面相は、そういいすてて、部下をつれて出ていってしまいました。入口のドアにかぎをかけたことは、いうまでもありません。
それから二十分ほどたって、あの、にせの一郎青年が、淡谷邸に帰り、スミ子ちゃんにうたがわれたのです。
それからまた四十分ほどたったころ、板の間にころがっている一郎さんは、ドアの外へ、人の足音が近づくのを、ききつけました。
悪人が帰ってきたのかと、じっと、ドアのほうをにらんでいますと、ドアのとっての回る音がして、しずかにドアがひらき、なにものかがしのびこんできました。
そのころは、もう日ぐれですから、部屋の中が暗くなっていましたが、一郎さんは目がなれているので、だいたいの見わけはつくのです。
はいってきたのは、子どものように、小さい男でした。手には懐中電灯を持っているようです。用心のために、その火を消して、はいってきたのでしょう。
その小男は、入口に立って、部屋の中をすかすように見ていましたが、やっと、一郎さんがたおれているすがたを見つけたらしく、そっと、そばへ近よってきました。そして、いきなり、パッと懐中電灯をつけて、その光を、一郎さんの顔にあてました。
「あなたは、淡谷一郎さんではありませんか。」
それは少年の声でした。どうやら、悪人ではないようです。しかし、答えようにも、さるぐつわをはめられているので、口がきけません。
あいてはそれに気づいたらしく、懐中電灯を床において、さるぐつわをほどき、口の中のハンカチをとり出してくれました。一郎さんは、やっと息がらくにできるようになったのです。
「ぼくは淡谷一郎ですが、あなたはだれです?」
一郎さんが、いぶかしそうにたずねました。
「このまえの事件のとき、明智先生といっしょにおじゃました、少年助手の小林ですよ。」
そういって、懐中電灯をひろって、自分の顔を照らしてみせました。一郎さんはよくおぼえていました。いつか淡谷さんの家に、盗難事件があったとき、明智探偵といっしょにきてくれた、あの少年です。
「アッ、きみは、あのときの小林君!」
「そうですよ。」
「どうしてここへやってきたんです。どうして、ぼくがここにいるとわかったのです?」
「すこしまえに、もうひとりの一郎さんが、おうちへ帰っているのです。それがにせものではないかということを、スミ子ちゃんが気づいたのです。ぼくはきっとそうだと思いました。いつも四十面相は、こういう手をつかうからです。
それでは、ほんとうの一郎さんは、どこにいるのかと考えました。そうすると、いつかこうもり男が屋根の上にいたという、この時計塔のやしきがあやしいと気がつきました。それで、すぐにここへ来てみたのです。この部屋をさがすのに、てまどりましたが、ほかの部屋はかぎがかかってないのに、この部屋だけ、かぎがかかっているので、あやしいとおもって、はりがねをまげた万能かぎで、あのドアをひらいて、はいってきたのです。」
小林君は、てみじかに説明しました。小林少年がスミ子ちゃんの話をきいて、ちょっと外へ出ていったことは、前にかいておきました。そのとき小林君は、この時計やしきへやってきたのです。
それから、ふたりは、ささやき声で、しばらくなにか相談をしていましたが、それがすむと小林少年は、
「それじゃ、まちがいなくおねがいします。ぼくはこれから、まだ一つ、やっておくことがあるのです。それをすませて、すぐに帰ります。」
「よろしい。ぼくも、いまうちあわせたとおりにやるよ。きみのおかげでたすかった。きみは、やっぱり名探偵だよ。ありがとう。」
一郎さんは、小林君がたちさるのを見おくってから、そこへおちていた四十面相の服を、着はじめるのでした。