変装から変装へ
こうもり男のとびおりた、塀の外の道路は、一方は淡谷邸のコンクリート塀、一方は、草のしげった原っぱになっていました。その原っぱには、ところどころに立ち木があり、ひくい木のしげみなどもあるのです。
こうもり男は、その一つのしげみの中へ、サッとすがたをかくしましたが、ほんの一分もたったかたたないうちに、そのしげみから、ひとりのじいさんが、ヌウッとあらわれました。
きたない鳥打ち帽をかぶり、ぼろぼろのオーバーをきて、首にえりまきをまきつけた、六十ちかいじいさんです。首からひもで手さげ電灯をむねの前にさげ、拍子木のひもも首にかけています。町内の夜まわりのじいさんらしく見えます。
これは、いうまでもなく、四十面相の変装でした。そのしげみの中に、まえもって、変装の服などがかくしてあったのでしょう。なにしろ変装の名人のことですから、またたくまに、こうもり男から、火の番のじいさんに化けてしまったのです。
その時、淡谷邸の表門のほうから、三人の刑事がかけだしてきて、そのへんを、キョロキョロとさがしまわっています。
じいさんに化けた四十面相は、原っぱのはずれまでいって、そこから道路に出ると、刑事たちのほうへ近づいていきました。
「火のようじん……。」
ちょんちょんと、拍子木をうって、のろのろと歩いていきます。
「おい、じいさん。いまここへ、黒いマントを着たやつがとびおりたんだが、見なかったかね。」
刑事のひとりが、あわただしく、たずねました。
「エッ、黒いマントですって?」
じいさんは、立ちどまって、びっくりしたように聞きかえしました。声まで、しわがれたじいさんの声になっています。
「うん。四十面相という大泥坊だ。この塀の外へとびおりたんだよ。黒いシャツの上に黒マントをきた、こうもりみたいなやつだ。見なかったかね。」
「アッ、それじゃあ、いまのやつだ。そうですよ、マントをひらひらさせて走っていきましたよ。あっちです。あっちのほうへ、飛ぶように走っていきました。」
夜まわりのじいさんは、はるかうしろのほうを指さして、まことしやかに答えるのです。
「よしっ、あっちだなッ。すぐ追っかけよう。」
刑事たちは、そのまま、じいさんの指さしたほうへ、ばたばたとかけさってしまいました。
それを見おくって、じいさんは、にやりと笑いました。手ばやい変装が、みごとに効をそうしたのです。
しかし、まだゆだんはできません。刑事たちが、とちゅうで気づいて、ひきかえしてきたらたいへんです。
じいさんは、あたりを見まわしてから、また、原っぱへかけこんで、さっきのしげみの中へ身をかくしました。
そこには、ぬぎすてたマントや、角のはえたかつらや、もう一つ、べつの変装服などといっしょに、ぬすみだした宝石ばこのふろしきづつみも、かくしてありました。
四十面相は、また、手ばやくじいさんの変装をといて、べつの服を着こみ、そこにあった、絵のぐ箱をひらいて、顔をつくりなおしました。
こんど、しげみから立ちあらわれたのは、りっぱな背広に、オーバーを着て、ソフトをかぶった紳士でした。しゃれためがねをかけ、口ひげをはやしています。
紳士は、むらさき色のふろしきづつみをこわきにかかえて、道路に出ると、刑事たちが走っていったのとは反対のほうへいそぎ、にぎやかな大通りにくると、タクシーをよんで、そのまま、どこともしれず、ゆくえをくらましてしまいました。