天井の顔
せむしの変装を見やぶられた殿村は、何がおかしいのか、いきなりゲラゲラと笑いだしました。
「ワハハハ……、ぼくが蛭田博士だって。こいつはおかしい。明智君、きみは気でもちがやしないかね。あの蛭田博士という犯人が、こんな若造だったとでもいうのか。ハハハ……。こいつはゆかいだ。ハハハ……、みなさん、よくぼくの顔を見てください。まだ、かわいらしい青年じゃありませんか。これが蛭田博士でしょうか。え、このぼくが蛭田博士という老人と、同じ人間でしょうか。
だれも蛭田博士を知っている方はないのですか。こまりましたね。ああ、いいことがある。ここにいる四人の少年諸君は、蛭田博士にひどい目にあわされたんだから、むろんあの怪博士の顔を見ているでしょう。さあ、相川君も、大野君も、斎藤君も、上村君も、こっちへ寄って、ぼくの顔をよく見てください。このおじさんが蛭田博士と同じ人だと思いますか。え、きみたちどうです。」
そういわれて、四人の少年は、思わずおたがいに顔を見あわせました。そして、何かボソボソささやきあっていましたが、やがて、四人を代表するように相川泰二君が一歩前に出て、はっきりした口調で答えました。
「ちがいます。この人は蛭田博士ではありません。蛭田博士はもっと年よりで、顔も声もちがっていました。」
殿村はそれを聞きますと、さもこそと言わぬばかりに、いよいよ勢いをえてきました。
「どうです。ぼくには、こんなかわいい証人が四人もいるんですぜ。それにだいいち、このぼくが、もし犯人の蛭田博士だとしたら、みなさんをこの家へご案内するはずがないじゃありませんか。そして、せっかくかくしておいた子どもたちや書類を警察に引きわたすはずがないじゃありませんか。蛭田博士自身が蛭田博士の秘密をあばくなんて、じつにとんでもない話です。え、そうじゃありませんか。ハハハ……。」
殿村はまたしても、さもゆかいらしくゲラゲラと笑うのでした。
ああ、読者諸君、なんだか心配になってきたではありませんか。もしや明智探偵は、ひじょうな失策をしたのではないでしょうか。殿村のいうところは、いかにも筋道が立っています。犯人が犯人自身の秘密をあばくなんて、ほんとうに考えられないことです。
明智はと見ますと、べつにおどろいたようすもなく、平気な顔をして、にこにこ笑っていますが、でもほんとうに大じょうぶなのでしょうか。もしや、やせがまんで、あんな笑顔を見せているのではありますまいか。
すると、そのとき、たまりかねた中村捜査係長が、横あいから声をかけました。
「殿村君、じゃあ、なぜきみは、あんなみょうな変装をしていたんです。きみがもし、犯人とはなんの関係もない正しい人物だとすれば、変装なんかする必要は、少しもないじゃありませんか。これをどう説明します。」
いかにももっともな質問です。殿村がたとえ蛭田博士その人でないとしても、あやしい人物にはちがいありません。
「ハハハ……、なるほど係長さんらしいおたずねですね。しかし、あんたは一を知って十を知らぬというものです。ぼくは私立探偵なのですよ。犯罪捜査のばあいは、そのときに応じて、どんな変装でもしなければなりません。ここにいる明智君だって、ずいぶん変装の名人じゃありませんか。探偵が変装するのは少しもめずらしいことではありません。つまり、ぼくは捜査の必要上、あんな変装をしていたにすぎないのです。おわかりになりましたか。ハハハ……。」
またしても殿村は、たくみに言いのがれてしまいました。そして、人を、こばかにしたような高笑いをしてみせるのです。ああ、とうとう明智探偵は、この知恵くらべにやぶれてしまったのでしょうか。
いや、そうではありません。読者諸君、ごらんなさい。われらの名探偵は、何か胸に期するところあるもののようなおももちで、じっと殿村をにらみつけたではありませんか。
「ぼくが変装の名人だって? ハハハ……、きみのようなその道の天才にほめられるとは、光栄のいたりだねえ。だが、ぼくなんかざんねんながら、きみの足もとにもおよばないよ。きみの変装は、くろうとの中村係長でさえ、見やぶることができなかったのだからね。ハハハ……、うまいもんだ。それほどの変装の天才が、もう一つ別の人物、すなわち蛭田博士に化けたのを、この子どもたちが見やぶりえなかったとしても、なんのふしぎもないじゃないか。」
「エッ、なんだって?」殿村がとぼけた顔をして、聞きかえしました。
「つまり、きみは一人三役をつとめたというのさ。蛭田博士に化け、せむしの殿村にも化けることができたというのさ。」
「フフフ……、でたらめもいいかげんにするがいい。なるほど、そういえば、きみは、つごうがいいだろうが、それにしても、やっぱり犯人自身で、犯人の秘密をあばいたことになるじゃないか。つまらないいいがかりはよしてくれたまえ。それとも何かしょうこでもあるというのかね、ハハハ……、おい、明智先生、苦しまぎれに、あてずっぽうなんかいわないで、しょうこを見せたまえ、しょうこを。え、何かたしかなしょうこでもあるかね。」殿村はいよいよとくいになって、突っかかるように、言いつのるのです。しかし、読者諸君、ご安心ください。ぼくらの明智探偵は、けっして負けてはいませんでした。それどころか、さも自信ありげに、ニコニコと笑いながら、しずかに反問しました。
「しょうこが見たいというのかね。」
「ウン、あれば見せてもらいたいもんだね。」
「それじゃあ見せてあげよう。きみちょっと、頭の上を見てごらん。いや、そんなところじゃない。あの天井のすみだよ。」
明智がみょうなことを言いますので、殿村は思わず、その天井のすみを見あげましたが、見あげたかと思うと、さすがの彼も「アッ。」と声をたてました。
ごらんなさい。高い格天井のいっぽうのすみに、ポッカリと、四角な黒い穴があいているではありませんか。そこの天井板が一枚、いつのまにかはがされていたのです。そして、その黒い穴の上から、みょうな人間の顔が、部屋を見おろして、ニヤニヤ笑っているではありませんか。
殿村でなくても、この不意うちには、ギョッとしないではいられません。部屋にいあわせた人々は、いったいなにごとがおこったのかと、あっけにとられて、天井を見つめました。