再び玄関チャイムが鳴ったのは、新庄貴明が帰って一時間ほどした頃だった。
春菜を連れて買い物に出ようとしていた日登美は、すぐにドアを開けた。
すると、ドアの向こうには、年の頃は二十七、八歳の見知らぬ男が立っていた。
すらりとした細身で、女性的な顔立ちをした、思わず目を見張るような美青年だった。
「……倉橋日登美さんですね」
男は言った。
見たところ、セールスや何かではないらしい。そんな雰囲気ではなかった。しかも、日登美には、この男の顔に見覚えがあるような気がした。が、どこで会ったのかはすぐには思い出せなかった。
「そうですが……なにか?」
日登美は不審そうな目で男を見た。
「神《みわ》緋佐子という女性をご存じですね?」
男はいきなりそう言った。
「神緋佐子なら……わたしの母ですが」
日登美はびっくりしたように男の顔を見つめた。突然訪ねてきた若い男から、母の名前が出たことに意表をつかれたのだ。
「あなたは一体……」
「僕はこういう者です」
男は名刺を差し出した。
名刺には、神|聖二《せいじ》とあった。長野県の日の本村というところで、神社の禰宜《ねぎ》をしているという。禰宜というのは、宮司《ぐうじ》に次ぐ神職の位である。
「神って、まさか……」
日登美は、はっとしたように、名刺から男の顔に視線を移した。
神と書いて、みわ[#「みわ」に傍点]と読ませる姓はかなり珍しいはずだ。その姓が同じということは……。しかも、長野県の日の本村といえば……。
突然のことで混乱しながらも、日登美の頭は目まぐるしく働いた。
「母とはどういう……?」
おそるおそるそう尋ねると、神聖二と名乗った男は、
「神緋佐子さんは僕の叔母にあたる人です」と答えた。
「おば……」
「ええ。父の妹なんです。これを見てください」
神はそう言うと、肩にかけていたショルダーバッグから、一枚の写真を取り出し、それを日登美の目の前に突き出した。
それを手に取って見た日登美は息を呑《の》んだ。写っていたのは一人の若い女性だった。日登美は母の顔を知らなかったが、そこに写っているのが母の緋佐子だということは、すぐに解った。日登美に生き写しだったからだ。まだ十代の頃の写真のように見えた。
もはや疑いようがなかった。
目の前の男は、亡くなった母の身内にあたる人なのだ。そういえば、男の顔には、明らかに母との血のつながりを示すような相似点があった。
この人がわたしの従兄《いとこ》……。
そう思った途端、身体中の血がかっと熱くなるような奇妙な感覚があった。それはまるで、この男の身体に流れる血と、日登美の身体に流れる血が瞬時にして共鳴しあったとでもいうか、そんな不思議な感じだった。