「最初は、こいつの女性関係でも暴き出してやれと思っていたのさ……」
達川は口を歪《ゆが》めて言った。
「学生結婚で結ばれた夫人とは、政界きってのおしどり夫婦なんて言われているが、どうせそれも女性有権者の票を集めるための見せかけにすぎない。これだけの男だ。回りの女が放っておくはずがない。古女房一筋なんて誰が信じるか。たたけば、隠し女の一人や二人、必ず出てくる。そう思ってな……」
ところが、意外にも、いくら周辺を探っても、そういった浮いた話は全く出てこなかったのだという。
「こりゃ、本当に女房一筋という奇特なやつなのか、それともよっぽどガードが堅いのかと思いはじめた頃、その事件にぶち当たったというわけさ……」
「新庄貴明がこの殺人事件にかかわっていたというのですか」
日美香が驚いたように聞くと、達川は頷《うなず》いた。
「まあ、かかわったといっても、大したかかわりかたではないんだが……。犯人の少年を『くらはし』の店主に紹介したのが、当時、まだ舅の秘書をしていた新庄だったんだよ。新庄は犯人の母親と古い知り合いだったらしい。その母親から、高校を中退してぶらぶらしている息子の就職を世話してほしいと頼まれていたんだ。それで、行きつけの蕎麦屋にこれを紹介した。そして、その半年後にあの事件が起きた……」
「でも、紹介したくらいでは、事件にかかわっていたとは……」
日美香がそう言いかけると、
「ま、そりゃそうだ。新庄だって、まさか自分が紹介した少年があんなことをしでかすとは夢にも思っていなかっただろうしな。
あの新庄貴明が若い頃、殺人事件にかかわったことがあると聞いたときには、これは女性スキャンダルよりもおいしいネタだと一時は色めきたったんだが、調べてがっかりした。この程度のかかわりかたでは、スクープというほどではない。
でも、他にネタもないし、まあ、毒をくらわば皿までというから、この事件のことをもう少し調べてみようと思った。それで、とりあえず、事件の生き残りである倉橋日登美という女性に会って話を聞きたいと思った。ただ、この女性の行方《ゆくえ》が分からない。事件直後、残された幼い娘とともに、どこかに引っ越してしまったようだった。
ただ、彼女には、松山で旅館を経営している伯母がいることが分かったので、松山まで行って、この伯母という女に会ってみた。伯母なら姪《めい》の行方を知っているのではないかと思ったからだ……。
案の定、伯母は姪の行方を知っていた。事件のあとすぐ、娘を連れて母がたの実家のある長野県の日の本村というところに行ったと教えてくれた。そこから手紙を一通もらったともね。これを聞いて、俺はいささか驚いたね……」
「驚いた?」
日美香が聞くと、達川は頷いた。
「ああ。そのときまで、俺は新庄貴明と『くらはし』という蕎麦屋のつながりは、単に蕎麦好きの新庄がよく行くお気に入りの店というだけの関係かと思っていたからさ。ところがそうじゃなかったんだ」
「そうじゃなかったって……?」
「新庄と倉橋日登美は全くの他人じゃなかったんだよ。いわば親戚《しんせき》、正確には、従兄妹《いとこ》同士の間柄だったんだ」
「…………」
「つまり、倉橋日登美の母がたの実家である日の本村の宮司の家というのは、新庄貴明にとっても実家にあたるんだよ。新庄家に婿入りする前の旧姓は、神《みわ》といって、やつは、あそこの宮司夫妻の長男として生まれたんだから……」