「ただ、妙なのは、倉橋日登美がそのこと、つまり、新庄貴明が自分の従兄《いとこ》であるという事実をまるで知らなかったらしいということなんだ……」
達川は考えこむような顔で話し続けた。
「倉橋日登美が日の本村から出したという手紙も見せてもらったが、そこには、神聖二という男の訪問を受けて、村へ帰るまでのいきさつが事細かに書かれていた。しかも、このとき、何かと世話になった新庄に相談をもちかけたということも。
しかし、その文面からすると、彼女は、新庄が自分の従兄であることを全く知らないようだった。
伯母の方も、新庄貴明があの事件のあと、犯人の少年を紹介した責任を感じてか、残された姪母娘の面倒をよく見ていたらしいことは聞かされていたようだが、その新庄が日の本村の出身で、しかも倉橋日登美の従兄であることは全く知らなかったというんだ。
これは妙だ。どう考えてもおかしい。新庄の方も何も知らずに、『くらはし』に通っていたというのだろうか。たまたま贔屓《ひいき》になった店の若奥さんが実は従妹だったということだったのか。まさか!」
達川は吐き捨てるように言った。
「そんな偶然があるものか。いや、百歩譲ってこんな偶然があったとしても、倉橋日登美は神聖二という男の訪問を受けたあと、新庄に相談しているのだ。今まで気が付かなかったとしても、この段階で、少なくとも新庄の方は気が付いたはずなんだ。しかし、なぜか、新庄はそのことを彼女に打ち明けなかった。あえて隠したとしか思えない。
なぜだ? なぜ隠す必要がある?」
達川の目がぎらぎらと輝き出していた。
「これはどうしても腑に落ちなかった。納得がいかない。俺は、がぜん、この事件に興味をもった。ひょっとしたら、一人の少年が引き起こした単なる衝動殺人と思われてきたこの事件には、何か裏があったんじゃないかという気がしてきた。
そういえば、この犯人の矢部という少年にしても、犯行後の行動が今ひとつ引っ掛かる。幼児を含めた三人の人間を包丁で滅多刺しにして殺したというのだから、相当逆上していたはずだ。ところが、犯行後、ほんの二時間かそこらで、すぐに自分で警察に通報しておとなしく自首している。
しかし、三人もの人間を惨殺しておいて、そんなに短時間に興奮が冷めて冷静になれるものなのか。俺の知っている限りでは、衝動的に殺人を犯してしまった場合、犯人の多くはまず本能的に逃げることを考えるものだ。たとえ逃げ切れないと観念して自首するとしても、もう少し日にちがたってからのことが多い。
矢部は早すぎる。まるで……」
達川はそう言って、日美香の顔をじっと見つめた。
「まるで、最初からそうするつもりだったみたいに……」