二度目のシャワーを浴びていた繁之のつま先で、薄赤い水が小さな渦をまいて、排水口に吸い込まれていった。
それは、繁之の身体《からだ》についていた「血」が洗い流されたものだった。血といっても怪我《けが》をしたわけではない。
行為中、終始自分の上にいた「真女子」がようやく離れたとき、女の内股《うちまた》にベッタリついていた赤いものを見て、繁之は驚き慌てた。
血?
少し身を起こして見ると、自分の「もの」にも血がついている。
ということは……。
この女、まさか、バージン?
一瞬、それは処女が破瓜《はか》のときに見せる血かと思ったからだ。
「きみ……はじめてだったの?」
生唾《なまつば》を飲み込んでから、そう聞くと、「真女子」は鼻先で笑うような表情を見せて、
「まさか。今、生理中なのよ」
とそっけなく言った。
なんだ。生理の血か……。
安心したようながっかりしたような複雑な気分で思った。
遊び慣れていると思った女が処女だったのかと思い、なぜか得したような気分になった後で、生理の血だと聞かされて、がっかりしながらも、少なくとも妊娠の心配だけはなさそうだなと思い返して安心したのである。
それにしても貴重な体験をしたものだな……。
シャワーを浴びながら、繁之はにやつきそうになりながら思った。
生理中の女とあんな体位でセックスすることができるなんて。良美とでは生涯|叶《かな》えられそうもない体験だった。凄《すご》い拾い物をしたと思う。このまま一度だけで別れてしまうのは勿体《もつたい》ない。最初はそのつもりでいたが、味わった刺激の意外なほどの大きさに、できればこの刺激をもっと定期的に味わい続けたいと思いはじめていた。
そうだ。あの女、PHS持っていたっけ。番号を聞いて、これからも連絡が取れるようにしておこう。良美と別れるつもりはないが、時々、つまみ食いするくらいならかまわないだろう。こんなことになったのも、もとはといえば良美が悪いんだ。あいつがドタキャンなんかくらわせるから……。
繁之はそんな虫のいいことをきわめて自己中心的に考えながら、シャワーを浴び終わると、下半身にだけバスタオルを巻きつけて風呂場《ふろば》を出た。
部屋に戻ると、「真女子」はまだ裸のままだった。座卓の上には、ビールのロング缶が置いてあり、二個のグラスが出ていた。グラスにはすでに琥珀色《こはくいろ》の液体が注がれて、いかにも旨《うま》そうな白い泡をたてている。
「勝手に冷蔵庫から出しちゃったけれど、いいよね」
「真女子」は、口ほどには悪びれた様子もなく言った。
「ああ、かまわないよ」
繁之はそう言って、口の方から迎えにいくような感じで、グラスを取るとビールを一気に喉《のど》に流し込んだ。
うまい。飲み干して、泡のついた口を手の甲で拭《ふ》きながら、ふと見ると、グラスの縁に白い粉のようなものが付着しているのに気が付いたが、さほど気にもとめなかった。
「ねえ、PHSの番号、教えてよ」
自分の携帯をもってくると、繁之はさっそく言った。相手の番号をそのまま登録してしまうつもりだった。
「番号知って、どうするの?」
女が訊いた。
「どうするって、連絡とるために決まってるだろ」
「何のために連絡とるの?」
女はそんなことをまじめな顔で言った。
「また会うために決まってるじゃん」
こいつ、おちょくってるのか、と内心ややむっとしながらも、繁之はかろうじて笑顔を保った。
「また会う気はないわ」
木で鼻をくくるような返事が即座に返ってきた。
「え……?」
繁之の顔からさすがに笑みが消えた。いきなりパンチをくらったような顔になって、「真女子」の顔を見つめた。
「というか、また会うことはないと思うわ」
「真女子」の方も、あの瞬きもしない蛇を思わせる目でじっと繁之の目を覗《のぞ》きこむように見つめながら、そんなことを言った。
なんだ、一度っきりってことかよ。
女の謎《なぞ》めいた言葉をそう解釈した繁之は、腹の中で舌打ちしながらも、すぐに気を取り直したように言った。
「だったら、俺《おれ》の携帯の番号教えるよ。もし、気が向いたら……」
そう言いかけて、繁之は目をこすった。変だ。変な気分になってきた。なんだか頭がぐらぐらする。強烈なめまいにも似た睡魔が突然襲いかかってきたのだ。
ビールに酔ったのかな。そんなはずはない。あの程度の量で酔うなんて……。
何度も目をこすり、かぶりを振って、容赦なく襲いかかってくる睡魔からなんとか逃れようとしたが、繁之の意識は抵抗の甲斐《かい》もなく、次第に薄れていく。
その薄れていく意識の中で、目の前の女の仮面をかぶったような白い顔が、少し笑ったように見えた……。