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蛇神3-6-2

时间: 2019-03-25    进入日语论坛
核心提示:    2 八月十七日、午後十時を少し回った頃だった。 会社から帰宅した蛍子は、ざっとシャワーを浴びて汗を流してから、冷
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 八月十七日、午後十時を少し回った頃だった。
 会社から帰宅した蛍子は、ざっとシャワーを浴びて汗を流してから、冷蔵庫から取り出した缶ビールを片手に、リビングに行くと、テレビの前に陣取り、予約録画しておいたビデオを再生した。
 それは、毎週、ウィークデイの後二時から放映される、「ハローミセス」という、いわゆる「ワイドショー」番組だった。
 会社勤めをしている蛍子は、この手の番組を見たことは殆《ほとん》どなかったが、今回は、例の連続猟奇殺人を集中的に取り上げ、沢地逸子もコメンテイターの一人として出演するという話を、沢地本人から前以て聞いていたので、朝方、予約録画のセットをして出掛けたのである。
 先日、沢地の研究室を訪れたとき、話の途中でかかってきた電話は、どうやら、このワイドショーの出演に関する打ち合わせだったようだ。
 例の事件の犯人とおぼしき人物が、沢地逸子のホームページの掲示板に犯行予告とも取れる書き込みをしていたらしいということは、どこから漏れたのか、瞬く間にマスコミの知るところとなり、以前から、「ワイドショーの常連コメンテイターにならないか」と水を向けていたジャパンテレビが真っ先に出演交渉してきたということだった。
「わたしもやじ馬根性は人一倍強い方だから、ワイドショーそのものは時間があれば見るし、けっして嫌いじゃないのよ。ただ、コメンテイターとか言って、ああいうところに毎回しゃしゃり出て、高みの見物的な態度でもっともらしいことを言うのは性に合わないから、『常連』の話は断ったんだけれど、今度ばかりは、対岸の火事的な事件ではなくて、もし、犯人が本当にうちのホームページにアクセスしてきた人物だとしたら、やはり関係者として、知らぬ存ぜぬを通すわけにもいかず、きちんと話すべきことは話すことにした。それに、犯人が無差別に被害者を選んでいるとしたら、やはり、一言、電波を通じて警告しておいた方がいいと思ったから……」
 沢地逸子は、テレビ出演の動機を電話で蛍子にそう語った。
 缶ビールで渇いた喉《のど》を潤しながら、画面を見ていると、立て続けのCMの後、元アナウンサーという中年の司会者が挨拶《あいさつ》もそこそこに、二件の事件の概略とその共通点について、ボードを使って説明してから、「では、さっそく、コメンテイターの方々にお話をうかがってみましょう」と、いかにも前身がアナウンサーであることを思わせる簡潔で歯切れの良い口調で言った。
「まずは、犯罪心理学にお詳しい、川原崎先生から……」
 と、司会者が話を振ると、沢地同様、某有名私立大学医学部助教授という肩書の、川原崎義隆が、えへんと咳払《せきばら》いをしてから、おもむろに口を開いた。
「うーん。僕はどうも今回の事件は腑《ふ》に落ちないというか、納得できないというか……」
 川原崎は、後退しはじめた頭髪とは裏腹に豊かな頬髭《ほおひげ》を撫《な》でながら、そんなことを言った。
「腑に落ちないというのは、たとえば、どのようなところが?」
 司会者がすかさず切り込む。
「たとえば? そうねえ……たとえば、犯人は若い女だと言われているようだけど、これがまず納得いかないんですねえ。遺体損壊を伴う、この手の残虐な犯罪は、欧米では珍しくないし、我が国でも最近やけに頻繁に起きるようになったような気がしてますが、おおかたが男なんですよ、犯人は。表むきの動機は何にせよ、こうした殺人を犯す衝動の根底にあるのは性的サディズムですからね。たとえ、女性が犯人だとしても、それは、主犯格の恋人とか亭主とかに脅されて、嫌々共犯にされていた場合が殆どなんですよね。だから、犯罪心理学的に言うと、女性が、しかも若い女が、主犯としてこのような犯罪に走るかということには大いに疑問が……」
「女は常に被害者であればいいと、そう、おっしゃりたいわけね」
 沢地逸子が横合いから冷ややかに言い放った。
「ちょっと沢地さん。変なことを言わないでくださいよ。そんなこと一言も言ってないじゃないですか。この手の犯罪の過去の例から見て、男が犯人である可能性が高い、というか、今までは高かったと言っただけですよ、僕は」
 川原崎は、やれやれという顔で、真ん中にいる司会者を挟んで、ちょうど自分と反対側の席にいる沢地の方をじろりと見た。
「直接、そうはおっしゃらなくても、あなたの口調からは、いかにも、そういいたげなニュアンスが感じられるんですよ」
「そんな。勝手に変なニュアンスを感じないでくださいよ。感度がよすぎるのも困ったもんだな……」
 川原崎は聞こえよがしに、聞きようによっては、セクハラとも取れるぼやきを漏らした。
 客席から笑い声が起きた。なぜか中年女性の笑い声が目立った。そういえば、いつだったか、沢地が、「わたしは男性以上に中高年の主婦層から反感をもたれているらしい」と苦笑しながら言っていたことを蛍子は思い出した。
「ま、しかし、沢地さん。見方を変えれば、あなたが日ごろから錦《にしき》の御旗のように掲げている女性の社会進出も、こんなところにまで及ぶようになったってことですかねえ。そういえば、女性銀行員によるオンライン犯罪にしても、昔だったら、付き合っている男に貢ぐためなんていう、まあ、かわいいと言ったら語弊があるが、まだ情状酌量の余地のある動機であることが多かったんだが、最近では、自分がブランド物買いあさったり、海外で豪遊するためだって言うんだから、いやはや、女性も強くなりましたよねえ。でもねえ、どうせなら、もっと良いことで男と対等になってもらいたいですがね、こちらとしては。こんな形の社会進出では、喜ぶべきか悲しむべきか、それが問題ってとこですかねえ……」
 また笑い声。
「女が犯人というのが、川原崎センセイはだいぶご不満なようですが」
 沢地は、川原崎のからかい口調をはねつけるように冷然と言った。
「わたしは犯人は間違いなく女性だと思います。しかも、おそらく、単独犯のような気がします。こんな形で、女性の社会進出が果たされたことには、川原崎センセイに言われなくても、本当に残念だと思っていますが」
「ちょっと待った」
 川原崎が片手をあげながら言った。
 司会者は、さきほどから進行を無視して、勝手に丁々発止とやりはじめた二人の「タレント助教授」を困ったような表情で見比べている。
 もともと、この二人は、他局の討論番組で顔を合わせて以来、どういうわけか、相性が悪く、「ハブ氏とマングース女史」と呼ばれるほどの険悪な間柄だった。
「一体、何を根拠にそう言い切れるんです? 犯人が女性だと? そりゃ、確かに、一見、犯人は若い女であるような状況証拠は幾つか出ているようですがね。たとえば、現場となったラブホテルに、被害者が若い女とチェックインしたのを、ホテルのフロント係が証言したとかね。でもねえ、あの手のホテルというのは、清廉潔白な沢地さんならあまりご存じないかもしれませんが、あ、いや、僕もよくは知りませんが、聞くところによると、あまり客の顔をじろじろ見ないように躾《しつけ》られているそうですよ。だから、フロント係の人も、被害者と一緒にいたのは、『若い女のようだった』と言っているだけなんです。それも、ちらっと見ただけでね。
 つまり、一見、若い女のように見えたにすぎないってことなんですよ。声を聞いたわけでもないらしい。あなた、試しに『二丁目』に行ってごらんなさい。女とみまがうほどの、いや、本物の女性以上に『女らしい』男はうようよいますよ。沢地さんと並んだら、あなたの方がよっぽど男らしく見えるくらいの『美女』がね」
 また笑い声が起きた。
「川原崎センセイが風俗関係にも大変お詳しいのはよく分かりましたが」
 沢地がにこりともしないで言った。
 今度は客席の別サイドから支持するような笑い声が起こった。どうやら、客層も、沢地派と川原崎派に分かれているようだ。
「それでは、川原崎センセイは、この事件の犯人は、一見、若い女のように見えるオカマ……いえ、ニューハーフだと、こうおっしゃるわけですか?」
 沢地が挑むように川原崎の方を見ながら聞いた。
「べつに断言したわけじゃないですけどね。その可能性も捨て切れないと申し上げてるんですよ。若い女のように見えたから、犯人は女だと決めつける思考は短絡的だとね。それに、犯人は、被害者のその……生殖器を切り取るなどという行為に及んでいるところからみても、何らかの強い性的コンプレックスをもっていることは間違いないと思うんですよ。この手の性的コンプレックスというのは男性に特有の……」
「でも、どれほど外見は女のようでも、ニューハーフには生理まではないでしょう?」
 沢地が川原崎の発言を遮るように言い放った。
「は? セイリ?」
 川原崎は一瞬ぽかんとした。
「わたしがこの犯人が女だと言ったのは、たんに目撃情報からそう思ったのではなくて、彼女が生理中に一連の犯罪を犯していると確信したからなんです」
「犯人が生理中って……あなた、なんでそんなことまで分かるんですか?」
 川原崎は呆《あき》れたように言った。
「犯人とおぼしき人物がわたしのホームページの掲示板にそう書き込んだからです」
「実はですね。今回、沢地逸子先生にご出演いただいたのは……」
 のっけから飛ばしている、二人のタレント助教授の迫力に圧倒されたのか、それまで化石のように黙っていた司会者がようやく自分の職務を思い出したように口を挟んだ。
 いまだに紹介すらされない他のコメンテイターなどは、みな、マスコット人形のような顔をして、ただそこにいるだけだった。
「沢地先生のホームページの掲示板に、犯人とおぼしき人物からの投稿があり、そこには、今回の犯罪予告めいたことが書き込まれていたということで……え? CM? あ、それでは、ちょっとここで、CMを」
 出だしから波乱を予想させる展開に、司会者もやや混乱ぎみなのか、そんなうろたえたような呟《つぶや》きが聞こえたかと思うと、画面がいきなり変わった。
 リモコンを取り上げて、CMをスキップしようとしたとき、玄関のドアの開く音がした。
 豪が帰ってきたようだった。
 
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