「……それじゃ、もう二度と会わないつもり?」
火呂の話を聞いた蛍子は、唖然《あぜん》とした表情で聞き返した。
「うん……」
火呂は泣き笑いのような表情で頷《うなず》いた。
「だって、向こうがそうしたいって言うんだもの」
九月六日。
蛍子は火呂のマンションに来ていた。前に来たときよりは、部屋の中はだいぶ片付けられていた。
「別れるとき、ここの住所と電話番号を書いたメモだけでも渡そうと思ったんだけれど、それも受け取ってくれなかった。自分の方から連絡することはないだろうからって」
火呂はそう言って肩を竦《すく》めた。
「……迷惑だったのかしら。だとしたら、わたし、よけいなことしてしまったみたいね」
蛍子も複雑な表情になって言った。
「迷惑というか、かなりショックだったみたい。やっぱり、わたしのことは全く知らなかったようだから……」
「そりゃ、いきなり、双子の妹が目の前に現れたんだから、ショックを受けるのも当然だとは思うけれど」
不満そうな口調でそう言ったのは、三人分のアイスコーヒーをキッチンから運んできた知名祥代だった。今日は珍しく祥代も在宅していた。
「それにしても、ちょっと冷たくない? 抱きついて泣けとまでは言わないけれど、二十年ぶりに生き別れになっていた実の妹に会えたんだから、もう少し……」
「ただね」
火呂は考えこみながら言った。
「冷たいというより、わたしの気のせいかもしれないけれど、なんかこう牽制《けんせい》しているような感じがしたんだよね……」
「牽制?」
「うん。これ以上、母のことや母の実家である日の本村のことを詮索《せんさく》するのはやめろ。あの村とはかかわらない方がいいって」
「どういうこと、それ?」
祥代が不思議そうに聞いた。
「よく分からないけれど、日の本村というところには何かあるみたい……」
火呂と祥代の会話を何げなく聞きながら、蛍子は、伊達浩一の話を思い出していた。火呂には話してなかったが、昭和五十二年の事件に日の本村という村そのものが深くかかわっていたかもしれないという話を……。
真鍋の本にも、あの村が、奇祭と奇習を古くから守る特殊な村であるかのように書かれていた。やはり、日の本村というところには何か秘密があるのではないか。ひょっとすると、神家の養女になったという日美香はそのことを知っているのではないか。だから、双子の妹である火呂にあえて冷たく接することで、火呂をあの村に近づけないようにしたのではないか……。
あの村に何があるにせよ、そのうち、伊達が調べあげてくるだろう。あれ以来、彼からは何の連絡もなかったが、何かつかめば、きっと連絡してくれるに違いない……。
「でも、これで今度こそ本当にすっきりしたよ」
火呂はさばさばしたような声で言った。
「彼女に言われるまでもなく、彼女のことも母のことも日の本村のことも、もう奇麗さっぱり忘れることにした。わたしは、これからも『照屋火呂』として生きるって決めたんだもの。もう関係ない。たぶん、これが、母さんの言う、『正しい選択』のような気もするし」
「そうね。それがいいかもしれないわね」
蛍子も思わず言った。
「両親が亡くなったといっても、火呂には、豪やわたしもいるし、それに、祥代さんのような良い友達もいるのだから……」
「わたしも本当のこと言うと、こうなって、少しほっとしてる」
祥代が照れ臭そうに言った。
「ほっとしてるって?」
火呂が聞いた。
「だって、今まで火呂とは友達というより姉妹みたいにして育ってきたでしょう? 火呂のことなら、わたしが誰よりも知っている、理解しているって思ってた。それがここにきて、本当のお姉さんがいるってわかって、しかも、一卵性の双子だって言うじゃない。一卵性の双子って言ったら、もともとは、一人の人間になるべき卵子が二つに分割したわけだから、ただの姉妹以上に結び付きが強いわけよね。一卵性の双子の間には、テレパシーのようなものも存在するって言う話だし。今まではわたしが一番の親友って思ってたのに、そんな人が現れたら、火呂を取られちゃうんじゃないかって……」
「そんなことない。絶対にない」
火呂は笑った。
「誰が現れようと、サッチンはサッチン。わたしの中でサッチンの居場所は永遠に変わらないよ」
「その台詞《せりふ》、恋人ができたときも言ってよね。いざ男ができると、たやすく壊れるのが女の友情というやつだそうだから」
祥代は茶化すように言った。
「その言葉、そっくりお返しします。そんなこと言ってて、サッチンの方が早く男つくって、さっさと結婚しちゃったりして」
火呂が笑いながら言い返すと、それまでにこやかだった祥代の顔が急に強ばった。
「わたしは……」
祥代は呟くように言った。
「一生誰とも結婚しないよ」
「あ、そっか。サッチンは一生を医学に捧《ささ》げるんだものね」
火呂はそう言ったあと、突然、話題を変えるように言った。
「ねえ、叔母さん。豪から聞いたんだけれど、沢地逸子の担当になったって本当? 彼女のホームページを単行本化する話があるんだって?」
「え? ええ」
「でも、今、彼女のホームページ、大変なことになっているでしょ? この前、アクセスしようとしたら、アクセスできなかったよ。どうなってるの?」
「あのホームページ、見てたの?」
蛍子は、今気がついたというように聞いた。
「うん、時々ね。サッチンが彼女の大ファンなんだよね。それで、こんなホームページあるって教えてくれたもんだから」
「ひょっとしたら、あの事件のせいで、サイト、閉じちゃったんですか? 犯人らしき人物が掲示板に犯行予告めいたメッセージを残したとか何とかでマスコミが騒いでいるらしいけれど」
祥代も言った。
「その件なら……」
蛍子は、いつか沢地逸子が話していたことをそのまま伝えた。事件のほとぼりが冷めたら、またアドレスでも変えて再開するつもりだということを。