喜屋武蛍子が日の本寺の一室でようやく眠りについた頃、神家の離れにある茶室では、二人の男が声を潜めて何やら密談していた。
「……太田はそんなライターを使っていたというのか。あの馬鹿が」
苛立《いらだ》ったような中年男の声。
「太田さんも知らなかったっていうんです。知っていたらとっくに捨てていたと。古ぼけた安物で、年寄りが使うようなものだったというから、まさか、あれがあの男の持ち物だったとは……」
答えたのは若い男の声だった。
「それで、その女は何か感づいたようなのか?」
「いえ……。あのライターの件は、住職の話では、後で奥さんがうまくいいくるめたようです。女も納得したみたいだと。問題はそのことよりも、あの女に一夜《ひとよ》様の顔を見られたことです……」
「見られた? どこで?」
「あの女が僕を探して勝手に物忌みの方に入ってきたんです。そこで、ちょうど静佳様と遊んでいた一夜様を……。でも、静佳様の話では、見られたといっても、ほんの一瞬だったらしいし、すぐに一喝して追い返したので、たぶん、何も気が付かなかっただろうと……」
「……」
「明日の朝にはここを発つそうですが、どうしますか。このままあの女を帰しますか?」
「……しかたなかろう。今ここで、友人だというその女まで行方不明になったら、さすがに怪しむ者が出てくる。そうなったら厄介だ……」
「そうですね。住まいと勤め先は分かっていますから、向こうにいる誰かにしばらく監視させます。あの達川という週刊誌記者のときのように」
「監視するのはいいが、くれぐれも早まったことはするなよ。あのときも、監視しろとは言ったが、あそこまでやれとは言わなかったぞ。それをおまえの勇み足で……」
「でも、兄さん。お言葉を返すようですが、あの男は危険だったんです。ネットを使って、我々に不利な情報を流そうともくろんでいたんですから。だから———」
「まあ、その件についてはもういい。済んだことだ。それに、幸い、あの男の死を怪しむ者もいないようだし。だが、その喜屋武という女のことは、もう少し慎重にしろ」
「はい、分かりました。それで、もし、何か不穏な動きがあったら、そのときは……」
若い男の声はそこで途切れた。