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蛇神4-5-5

时间: 2019-03-26    进入日语论坛
核心提示:    4 これは。 神聖二は信じられないものを見るような思いで、甥《おい》の褐色の背中に浮かんだ薄紫色の痣を凝視してい
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 これは……。
 神聖二は信じられないものを見るような思いで、甥《おい》の褐色の背中に浮かんだ薄紫色の痣を凝視していた。
 それはまさしく、自分の背中にある「お印」と同じ模様、同じ形をしていた。
 しかし、どうして、これが武の身体に……。
 以前、女児には絶対に出ないとされていた「お印」を日美香の胸に見たときと同じ、いや、それ以上の衝撃を聖二は受けていた。
 武の身体に「お印」が出るはずがない。これは何かの間違いではないか。この「お印」が出るのは、日女《ひるめ》が生んだ男子だけだ。
 武は兄の貴明を通して神家の血を引いてはいるが、日女の血を引いているわけではない。その武にこの神紋が出るなどということはありえない。
 しかも、神紋の出方は生まれついてのもので、こんな風に後天的に突然現れたなどという話は聞いたことがない。家伝書のどこにもそんな記録は記されていなかった。
 これは、武が言ったように、怪我の治療に使った薬の副作用か何かで、たまたま「お印」に似た痣が、アレルギー反応のように出たのにすぎないのか。
 しかし、武は怪我をしてから、なぜか体調が前よりも良いという。生まれ変わったようだとも言っていた。この「脱皮」ともいえる現象と神紋の突然の出現との間に何か因果関係があるとしたら……。
 もし、この痣が、単なる偶然の産物ではなく、まぎれもない「日子《ひこ》」の証しとして現れたのだとしたら、武こそが、「大神」の後継者として「選ばれた者」ということになる。
 またもや、千年以上にもわたって守られてきた不文律が破られたのか。
 女である日美香の身体に、そして、日女の子ではない武の身体に、本来出るはずのない「お印」が出たということは……。
 しかも、こんなに短い期間に立て続けに。
 それは、これまでの調和的な世界に何か大きな乱れが生じはじめていることの表れなのか。この世の仕組みのバランスが狂い、大きく動き、覆るということの前兆なのか……。
「叔父さん? 聞いてるの?」
 武の不審そうな声で、聖二は我にかえった。
「あ……」
「ねえ、どう思う?」
「確かに……似てはいるが、なんともいえないな。『お印』は生まれついてのものだから、こんな風に突然出るというのは考えられないし、一時的なものにすぎないかもしれない。せっかく病院にいるのだから、医者によく調べて貰《もら》えよ」
 ようやく冷静さを取り戻して、そう答えると、武は納得したような顔になり、下着をつけパジャマに手を通した。
 そんな甥の姿を、うわべの冷静さとは裏腹に、やや放心状態で見ながら、聖二は思っていた。
 昔から、なぜか、この甥が自分の子よりも気になり可愛《かわい》かった。
 自分の子といっても、聖二自身の血を引く子供は持てなかったのだが。村に古くから伝わる因習に従って、日女が産んだ私生児を自分の籍に入れ、我が子として育ててきたにすぎない。妻の美奈代との間には、どういうわけか子供はできなかった。
 そのせいかどうかは分からないが、戸籍上の子供たちよりも、神家の血を引く、兄によく似たこの甥に、甥という以上の父性愛のようなものを感じていた。
 もし、武の身体に出たのが「お印」だとしたら、あの頃から目には見えない絆《きずな》のようなものが自分とこの少年との間には存在していたのだろうか。
 その目には見えない絆が、今、火に炙《あぶ》られた紙に潜在していた模様が浮かび上がるように、はっきりと目に見えて現れたということなのか。
 そして、もし、これが「お印」であり、武が「大神の意志を継ぐ者」として選ばれた者ならば、これからは、武に対する扱いも大きく変えなければならない。
 今までは、神家の血を濃く引いているとはいっても、あくまでも新庄家の人間の一人にすぎなかった。また、兄にとっては少々危険な存在になりつつある。だからこそ、今日、こうして見舞いを装って、武の様子をそれとなく見に来たのだが……。
 この病院に足を踏み入れる前、タクシーの中で、聖二の中では、ある暗い思惑が固まりつつあった。
 直接会って話をしてみて、もし、武がもはや矯正の余地もないほどに性根が腐っているようだと判断したら、この甥に対して、なんらかの手段を講じなくてはならないと思っていたのだ。
 水をやり忘れて枯らしてしまった植物には、後で水をたっぷり与えることで蘇生《そせい》させることが可能だが、水をやり過ぎて根を腐らせてしまった植物はもはや手の施しようがない。蘇生は不可能である。
 人間もしかりだ。その場合は、可哀想《かわいそう》だが切り捨てるしかない……。
 武は、小さい頃は、三日に一度は高熱を出して寝込むような虚弱体質で、おまけに、女の子のような愛くるしい容姿をしていたせいか、兄夫婦———とりわけ母親が溺愛《できあい》して、温室の花でも育てるように、めいっぱい甘やかして育ててしまった。
 兄夫婦が幼い武を溺愛したのは、実は、武の中にもう一人の子供の命を重ね合わせていたせいもある。
 そのもう一人の子供というのは、武とほぼ同時に生まれてきて、たった半日しか生きることができなかった一卵性双生児の片割れだった。
 名前だけは生まれる前から既に付けられていた。男の双子であることが検査で分かってから、義姉《あね》のたっての希望で、日本神話の英雄、「日本武尊《やまとたけるのみこと》」から二字を取って、「武《たける》」と「尊《みこと》」と決まっていた。
 しかし、最初の生存競争で生き残る事ができたのは、「武」の方だけだった。「尊」の方は生まれてすぐに死んだ。まるで、双子の「弟」に命を吸い取られたような格好で……。
 ただ、この出生にまつわる事実は武には伏せられていた。おそらく、武は自分が双子の片割れであったことすらいまだに知らないだろう。
 というのも、「武」の名前の由来になった「日本武尊」の神話の中では、このヤマトタケルが、双子の兄を惨殺するというエピソードがあり、そのことが、奇しくも、双子の「兄」の命を奪い取るような形で生まれてきた武に、変な負い目を感じさせないようにとの義姉の配慮から、双子の「兄」のことは武には秘密にされたのである。
 兄夫婦、特に義姉の中には、武を愛することで、この世にたった半日しか生かしてやれなかった「尊」の分まで愛そうという気持ちが強くあり、それが溺愛という形になってしまったようだった。
 義姉が武をあまりにも過保護に育てているのを遠目で見ながら、このままでは、身も心も脆弱《ぜいじやく》な子に育っていくのではないかと懸念した聖二は、義姉にそれとなく示唆して、水泳や武道を武に習わせて身体を鍛えさせた。
 身体を鍛えるといっても、別に、「健全な肉体には健全な精神が宿る」などという単純なギリシャ哲学を信じていたわけではない。健全な肉体に不健全な精神を宿した人間はいくらでもいるし、不健全な肉体に健全な精神を宿した人間もいる。
 ただ、ある程度人並みの肉体に改造してやることで、母親とのこれ以上の密着を避けることができるかもしれないと思っただけだった。
「病弱だから、わたしがついていなければ」というのが、義姉が次男に過保護という形で「依存」をするための大義名分になっていたからである。
 武の肉体を鍛えて「病弱」の状態から解放させてやることで、義姉が無意識にしがみついているこの大義名分を粉砕してやろうという少々意地の悪い思惑もあった。
 そして、聖二の思惑はほぼ成功した。
 中学に入る頃には、半ば強制的にやらせていた様々なスポーツの効果が出たのか、ひ弱だった肉体の方は見違えるように逞《たくま》しくなり、それと同時に、それまで命綱のように握りしめていた母親のスカートの裾《すそ》をようやく手放したように見えた。
 ところが、いいことばかりではなかった。
 なまじ体力がついたことが災いして、同級生との喧嘩《けんか》をはじめとする問題行動を頻繁に起こすようになったのである。
 たわいのない喧嘩程度で済んでいるうちはいいが、こうした荒っぽい言動がどんどんエスカレートしていって、そのうち取り返しのつかない犯罪行為に手を染めないとも限らない。
 そして、案の定、今回のような凶悪事件に巻き込まれてしまった。不幸中の幸いというか、凶悪事件にかかわったといっても、あくまでも被害者としてだったから、軽いスキャンダル程度で済んだが、もし、これが重大犯罪の加害者などになって、それが世間に公にされたら、自分と兄がこれまで苦労して築きあげてきたものが一瞬にして崩壊しかねない。
 もっとも、聖二が危険だと考えたのは、この社会で犯罪と言われている行為を犯しがちな性格そのものではなく、自分の犯した犯罪を社会に対して隠そうともしない無防備さの方だったのだが……。
 武自身が変わらなければ、その危険性はこれからも大いにある。そんな危険をはらんだ芽をこのまま放置しておくわけにはいかなかった。危険な芽は育つ前に摘む。この信念の前には、可愛い甥でも例外たりえなかった。場合によっては、この甥に対して、断腸の思いで最悪の決断をしなくてはならなくなるかもしれない。
 聖二はそのことを覚悟していた。
 しかし、直接会って話してみた感触では、性根の腐った不良というわけではなく、十分矯正の余地があることが確認できたので、最悪の決断だけはしないで済みそうなことに安堵《あんど》していたのだが。
 それどころか……。
 武の身体に突然浮かび上がった模様を見て、もし、これが「日子」を示す神紋だとしたら、意識変革の必要があるのは、自分の方かもしれないと聖二は思いはじめていた。
 武は、物部一族にとって、切り捨てるべき危険な不良品どころか、これからは一族の要《かなめ》ともなるべき、きわめて重要な存在になったのかもしれない。
 だとしたら、これからはそのような存在として扱わなければならない。そして、それなりの「教育」も施さなければ……。
「なあ、武」
 聖二は椅子《いす》から立ち上がりながら、さりげない口調で言った。
「退院したら、一度、長野に来ないか」
「長野って、日の本村?」
「どうせ予備校に行ってないなら、静養がてらしばらくあちらで暮らしてみたらどうだ。傷によく効くという温泉もあるし、静かに受験勉強ができる環境としては、むしろ東京よりいいと思うんだが」
「俺《おれ》は別にいいけど、母さんがなんていうか……」
「おまえさえ承知なら、義姉《ねえ》さんには私の方から話してみる」
「ほんと? 頼むよ、叔父《おじ》さん。こんな消毒臭い檻《おり》の中から出してもらえるなら、長野の山奥だろうが地獄の底だろうが喜んで行くからさ」
 武は目を輝かせてそう答えた。
「義姉さん、今日も来てるんだろう?」
 テーブルの上に置かれた義姉のものらしき女物のバッグを見て、聖二は聞いた。
「うん。この変な痣《あざ》のことで、担当の先生に報告してくるって、さっき出て行った。もうすぐ戻ってくると思うけど」
「戻ってきたら、下のロビーの喫茶室で待っているからと伝えてくれ」
「わかった。もう帰るの?」
 武のやや名残惜しそうな視線に見送られて、聖二は病室を後にした。
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