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蛇神5-5-4

时间: 2019-03-27    进入日语论坛
核心提示:     4「兄さん。郁馬です」 部屋の外で声をかけると、すぐに「どうぞ」という返事があった。兄の声ではなかった。若い女
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「兄さん。郁馬です」
 部屋の外で声をかけると、すぐに「どうぞ」という返事があった。兄の声ではなかった。若い女の声だ。
 この声……日美香か。
 また家伝書を読みに兄の部屋に来ているのか。
 そう思いながら、襖《ふすま》を開けると、案の定、卓の上には古文書が数冊置かれ、日美香の前には開いたノートがあり、手には万年筆をもっていた。何か書き留めていたらしい。
 ただ、卓の向こうの兄の座には主はなかった。
「あの……兄さんは?」
 そう聞くと、
「明日の大祭のことで、大日女《おおひるめ》様とお話しすることがあるとおっしゃって、物忌《ものい》みの方に行かれました。一時間ほどで戻るそうです」
 ノートから顔をあげて、日美香はそう答えた。
 なんだ。兄は留守か……。
「そうですか。それでは、また改めて……」
 出直してくると言って、郁馬は、襖をしめかけた手をはたと止めた。
 そうだ。
 この件は日美香にとっても重大な知らせのはずだ。養母から死んだと聞かされた双子の妹が生きていると分かったのだから。
 まず兄に報告と思ったが、先に日美香に知らせてもいいのではないか。
 死んだと思い込んでいた妹が生きていたと知れば、さぞ喜ぶだろう。
 日美香の喜ぶ顔が見たい。
 兄に先に報告してしまえば、兄の口から告げられることになり、直接喜ぶ顔が見られなくなる……。
 そう思いついた郁馬は、
「日美香様。実は、大変なことが分かったんです。これを見てください」
 そう言って、中にはいると、智成が隠し撮りしてきた写真を見せた。
 日美香は、やや怪訝《けげん》そうな顔つきで写真を受け取ると、ちらと視線を落とし、そこに写っているものを見て、はっとした表情になった。
「これは……」
 愕然《がくぜん》としたように呟《つぶや》く。
「弟が撮ってきたんです。そこに写っているのは、照屋火呂といって、喜屋武蛍子の姪だそうです」
「……」
 日美香はまだ写真に目を落としたままだった。
「あなたにそっくりでしょう? しかも、似ているだけじゃない。その女性にも、生まれつき片方の胸に蛇紋らしき痣《あざ》があるというんです。その人は、おそらく、あなたの双子の妹さんに間違いありません。妹さんは死んでなんかいなかった。生きていたんですよ」
 郁馬は夢中でしゃべった。
 次兄に頼まれて、末弟に沖縄での喜屋武蛍子に関する情報を集めさせていたことを説明してから、例の報告書も渡し、
「これに、照屋火呂の経歴が調べ上げてあります。これを読めば、生まれてすぐに死んだとされていた妹さんが、照屋康恵という女に引き取られて、沖縄で育ったらしいことが分かります……」
 勢いこんでそう言うと、日美香は黙ったまま、報告書も受け取り、それに目を通し始めた。
「……それで、このことをお養父さんに?」
 ざっと報告書に目を通すと、冷静な表情ですぐにそう訊《たず》ねた。
「ええ」
 郁馬は頷《うなず》き、ややいぶかしげに日美香を見た。
 意外だったのは、死んだと聞かされていたはずの双子の妹が生きていたと知っても、日美香がそのことにさほど驚きもせず、嬉しそうな顔も見せないことだった。
 多少驚いたように見えたのは、写真を見せられたときだけだった。
 報告書にもざっと目を通しただけで、質問らしいことは一切口にしようとしない。
 双子の妹がなぜ照屋康恵という女に引き取られるはめになったのか。なぜ、養母はそのことを隠して、妹は死んだと嘘をついていたのか。疑問に思うことは沢山あるはずなのに……。
 どうしてこんなに無関心でいられるのか。
 双子の片割れの存在に興味がないのか。まさか、そんなことはあるまい。
 それとも……。
 郁馬の頭にある疑惑が閃《ひらめ》いた。
 ひょっとして。
 既に知っていた、のか? 双子の妹が生きていることを……。
「あの、もしかして、もうご存じだったんですか」
 郁馬は思い切って聞いてみた。
「え?」
「妹さんが生きていることを……」
 そう言うと、日美香は思案するような顔でじっと郁馬の顔を見返していたが、やがて、黙ったまま深く頷いた。
 やはりそうか。既に知っていたのか。だから、こんなに冷静でいられたのか。
「いつ……それを?」
「二カ月くらい前です。照屋火呂と名乗る若い女性から突然電話をもらって、喫茶店で会ったんです」
 日美香はそう言った。
 そのとき、電話の主が持参してきた照屋康恵の遺書を読んで、目の前の若い女が、生き別れになっていた双子の妹であることをはじめて知ったのだと……。
 遺書か。
 照屋火呂の方は、養母の遺書を読んで、自分の出生の秘密を知ったのか。
 それにしても、知っているどころか、その妹と会っていたとは……。
「彼女の方も、三年前に癌で亡くなったという康恵さんの遺書を読むまでは、康恵さんの実の娘だと信じていたらしいんです。でも、その遺書には……」
 日美香はそう言って、そのとき見せられたという遺書の内容を話してくれた。
 郁馬の推測通り、二十年前、倉橋日登美、照屋康恵、葛原八重の三人の女たちは東京のある場所で一点で交わっていた。それは、新宿の或《あ》る小さな産院だった。
 倉橋日登美が通っていた産院に、当時まだ喜屋武康恵と名乗っていた照屋康恵も通っていたのである。
 喜屋武康恵は、その春、冬山で遭難死した恋人の子供を身ごもっており、その子供を未婚のまま生もうとしていたらしい。ところが、子供は死産してしまい、その代わりに、同じ頃、同じ産院で出産した倉橋日登美の双子の片割れを自分の子として引き取ることにしたのだという。
 こうして、倉橋日登美が産み落とした双子の女児は、一人は、日登美の仕事仲間であり同居人でもあった葛原八重という女に引き取られて和歌山で育ち、もう一人は、たまたま産院で知り合った喜屋武康恵という女に引き取られ、沖縄で育ったというわけだった。そして、二十年後、相次いで起こった二人の養母の死が、互いの存在すらも知らずに離れ離れに育った双子の姉妹を引き合わせる巡り合わせとなった……。
 なるほど。
 こういうことだったのか。
 これで二十年前の事情は大かた分かったが、それにしても、腑《ふ》に落ちないのは、日美香の態度だった。
 妹が生きていることを知りながら、しかも、その妹に会ってさえいながら、なぜ、今までそのことを隠していたのか。
 自分はともかく、養父である次兄にまで……。
 それがなんとも腑に落ちなかった。
 そのことを聞きただそうと口を開きかけたとき、
「郁馬さんにお願いがあります」
 突然、日美香が思い詰めたような表情で言った。
「このことは、お養父《とう》さんには内緒にしておいて欲しいのです」
「え?」
 郁馬は面食らって聞き返した。
「兄には報告するなと言うのですか」
「そうです」
「なぜ……?」
「もし、お養父さんが妹のことを知れば、このまま放っておくことはないでしょう。きっと、どんな手を使ってでも、妹をこの村に取り戻そうとするでしょう。妹もまた、わたしと同じお印のある日女なのですから……」
 日美香は、じっとまばたきもせずに郁馬の目を見つめたまま言った。
 むろん、それはそうだろう。次兄がこのことを知れば、すぐにでも行動に移すに違いない。ひょっとしたら、既に両親を失っているのを幸いとばかりに、照屋火呂をも養女にしようとするかもしれない。
「妹の……今の生活を守ってやりたいんです。この村とは一生無縁の生活を送らせてやりたいんです。前に喫茶店で会ったとき、妹は将来の夢を語ってくれました。大学を出たら、沖縄に帰って、そこで小学校の教師になりたいと。小学校教師だった養母の遺志を継ぎたいのだそうです。そのささやかな夢をかなえさせてやりたいんです。そして、いつか好きな人ができたら、その人と結婚して子供を生んで……平凡でも普通の女としてのささやかな人生を歩んでほしい。お印のある日女などとは全く無縁の……」
「……」
「でも、もし、妹の存在がお養父さんに知られてしまえば、妹も否応《いやおう》なくこの村の野望に巻き込まれてしまう。妹を巻き込みたくない。わたしはいいんです。わたし自身が納得して選んだ道だから。葛原八重の娘として平凡に生きるのではなくて、倉橋日登美の娘として、お印のある日女としてこの村と共に生きると決めたのだから。この先、どんなことが起きようとも受け入れる覚悟はできています。でも、妹はそうじゃない。妹は、倉橋日登美の娘ではなく照屋康恵の娘として生きたい。そうわたしにはっきりと言いました。だから、このまま、妹のことはそっとしておいてやってほしいんです……」
「でも——」
 郁馬はためらうように言った。
 無理だ。こんな重大なことを知り得たのに、それを家長である次兄に知らせないというのは。
 しかも、兄は、喜屋武蛍子がこの村にかかわってきた動機を知りたがっている。先日も、その動機を早く探って来いと発破をかけられたばかりだった。
 照屋火呂のことに触れなければ、この件に関しても報告することができない……。
「やはり、兄には知らせなければ」
 郁馬は苦渋に満ちた表情でそう答えると、
「そこを何とか。お願いです。あなたさえ黙っていてくれればいいんです」
 日美香はすがるような目になって必死に食い下がった。
「しかし……」
 できれば、密《ひそ》かに想っている女の願いを叶《かな》えてやりたい。かといって、あの兄を裏切るような行為はできない……。
 郁馬の心は、激しく揺れていた。
「お願い……郁馬さん」
 哀願するようにじっと見つめる目には、触れなば落ちんといった媚《こ》びすら含んでいた。
「……」
 それでも黙っていると、
「それならば、こうしましょう」
 日美香の声が一変した。弱々しく哀願するような調子から、突然、上段から物申すような、高圧的ともいえる口調になった。
「この報告書と写真はわたしが預かります」
 そう言い切った目には、一瞬前までの哀願も媚びも拭《ぬぐ》ったようになかった。むしろ、それは冷ややかに命令する目であり、声だった。
「いや、そう言われても……」
「そして、わたしからお養父さんに報告します。それならば、文句はないでしょう?」
「で、でも、その件については、僕が兄から調べて来いと言われたことで、やはり僕自身が直接報告しないと……」
 郁馬はしどろもどろになりながら言った。
「わたしが一時預かると言ってるんです。それとも、お養父さんの命令はきけても、同じお印をもつわたしの命令は聞けないというのですか」
「……」
「何をそんなに迷っているんです? 迷う事など何もないのに。先程も言ったでしょう? わたしはこの村と共に生きることを選んだと。そのわたしが、この村のためにならないことをするわけがないじゃありませんか。妹のことにしても、できれば、この村とは無縁の人生を歩んでほしいとは思っていますが、それでも、もし、妹をこの村に取り戻す必要があると判断したときは、進んでそうしますよ。だから、あなたは安心して、この件をわたしに任せてくれればいいんです……」
 高圧的な命令口調の後は、まるで聞き分けのない幼児に向かって諭すような優しい口調になった。
「……分かりました」
 郁馬はついに折れて言った。
「その報告書と写真は日美香様にお預けします」
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