十一月三日の朝。
まさに秋晴れの晴天だった。
鏑木浩一は、朝食を済ませるとすぐに、寺を出て、日の本神社に向かった。
今日からはじまる大神祭の幕開けを飾る「御霊降《みたまふ》り神事」を見物するためである。
老住職から聞いた話では、この神事は、日の本神社の境内で執り行われるということだった。
二の鳥居のあたりまで行くと、既に見物人でごったがえしていた。殆《ほとん》どが村民のようだが、中には、首からカメラをぶらさげた観光客らしき姿もちらほらと混じっている。
そんな観光客らしき男の一人が、「撮影禁止」と大書された鳥居の横の立て札を見て、「なんだ。撮影禁止かよ」と腐ったように頭を掻いていた。
その男の横を、鏑木はうつむいて、笑いをかみ殺しながら通り過ぎると、境内に足を踏み入れた。
カメラの類《たぐ》いはもっていなかった。男もののセカンドバッグを小脇に抱えているだけだった。
ただし、このセカンドバッグには、盗撮などによく使われる超小型ビデオカメラが仕込んである。バッグの側面に小さな穴を開けて、そこからレンズが覗《のぞ》いているわけである。
ここの神事が一切撮影禁止であることは、この村に来る前から知っていた。喜屋武蛍子から借りて読んだ真鍋伊知郎の本にそう書いてあったからだ。だから、こんな仕掛けを前以て作っておいたのだ。
先日、神郁馬の前では、「神事の模様は一切撮影禁止」と聞かされて、さも驚いたような振りをして見せたが、本当は、そんなことは先刻承知だったのである。
そのバッグを小脇に抱え、見物客の群れを縫うようにして拝殿の前まで行くと、「押すなよ」と怒鳴られながら、強引に前の人をかき分けるようにして、なんとか群衆の最前列に出た。
せっかくこんな仕掛け付きのバッグを持参してきても、見物人の背中しか撮れないのでは意味がない。
最前列に出た鏑木の前には、見物人はここまでというように白いロープが張り巡らされており、そのロープの向こうには、白衣に浅葱《あさぎ》の袴《はかま》をつけた神官や、やはり白衣に濃紫の袴をつけた巫女《みこ》たちが数人集まって、これからはじまる神事の準備に追われていた。
「……ほら、あれが若日女《わかひるめ》様だよ。奇麗だねぇ。年に一度しかお目にかかれないんだからね。よぉく見ておくんだよ」
鏑木の背後にいた村民らしき中年女が、背中におぶった幼い女の子にそう言っているのが聞こえてきた。
若日女と呼ばれる真性の巫女たちが、この拝殿の奥手にある「物忌《ものい》み」と呼ばれる家屋で、大日女という老巫女を中心に女たちだけの共同生活をしており、村民でも、その姿を見ることができるのは、年に一度の祭りのときだけという噂はどうやら本当のようだった。
この「物忌み」には、ここに来てから、何度か侵入を試みようとしたのだが、大祭の前日ということもあってか、やけに警戒が厳しく、まるで監視でもするように、社には常に神官らしき姿があって、少しでも、拝殿の奥の道に近づこうものなら、厳しい声で呼び止められた。
結局、いまだに「物忌み」には足を踏みこめないでいた。あの向こうに、もしかしたら、近藤さつきという幼女が隠されているかもしれないのに、と思うとやきもきしたが、どうしようもない。
やがて、その「物忌み」のある方角から、一人の小柄な人物が若日女二人を付き従えて、鈴の音と共に、物々しく現れた。
白衣に白袴、両足の踵《かかと》に届くほど伸ばして結んだ長髪も漂白したように真っ白な、全身白ずくめの、どこか神々しい白猿を思わせる老女だった。
これが、「大日女」と呼ばれる老巫女か、と鏑木は思った。
年齢など超越したようなその姿形も異様だったが、いで立ちがまた異様としかいいようがない。
白衣の胸には、大きな古い銅鏡をペンダントのようにぶら下げ、青々とした榊《さかき》の枝を束ねた杖《つえ》に、鈴やら勾玉《まがたま》やら御幣やらを付けたものを恭しく捧《ささ》げ持っている。
この榊の杖は、前日、大日女たちが御神体である鏡山に入って、その山に安らう大神の御霊を降ろして寄り憑《つ》かせたものであるらしい。それを一晩、「物忌み」に安置してから、今度は、社の拝殿前に急遽《きゆうきよ》立てられた祭り用の柱にさらに御霊を寄り憑かせるのだという。大日女は榊の杖を手に持ち、それをじゃらじゃらと打ち鳴らしながら、拝殿の前まで来ると、やはり榊や御幣で飾られた背の低い一本の柱に向かって、一礼、柏手《かしわで》、一礼、柏手を何度か繰り返した後、時折、鳴り物のついた杖をじゃーんじゃーんと大仰に打ちふるいながら、幼女のようなかん高い声で、祝詞《のりと》とおぼしき言葉を長々と発し始めた。
やがて、大日女の祝詞がぴたと止んだかと思うと、しずしずと、両脇から、二人の若日女がそれぞれ瓶《かめ》のようなものを捧げ持って現れ、その瓶の中のものを、交互に、柱に注ぎかけはじめた。
柱は見る間に赤く染まった。
注ぎかけたのは、何やらどろりとした赤いペンキのようにも見えるものだった。
息を呑《の》んで見つめていた鏑木の鼻に、ぷんと明らかに動物の生血を思わせる生臭《なまぐさ》い匂いが風に乗って漂ってきた。
「母ちゃん。あの赤いものはなあに?」
背後から幼女らしき声がした。
「あれはね、今朝|潰《つぶ》して絞ったばかりの新鮮な鶏の血なんだよ。大神様は蛇の神様だから、鶏の生き血が大好きなんだ。だから、ああして、大神様の寄り憑いた柱に、大好物の生き血を注ぎかけて、大神様にお力を与えているのさ……」
「ふーん」
幼女の分かったような分からないような相槌《あいづち》が聞こえた。
二人の若日女が瓶に入れた鶏の血を注ぎきってしまうと、大日女は、再び杖を打ち鳴らしながら、今度は明らかに音調の違う祝詞をあげはじめた。
この一連の神事が、「御霊降《みたまふ》り神事」といって、山から社の柱に降ろした大神の御霊に、活力を与える儀式のようだった。
この季節の太陽神は力が弱まっているので、好物の鶏の血を与え、「御霊降り」をすることで、夏の頃のような強さを取り戻そうとしているのだという。
ぼうっと見ていると、柱に向かって榊の杖をふりまわして長々と話しかけたり、動物の生血を注ぎかけたりと、一見、常軌を逸しているように見える巫女たちのふるまいも、それなりの知識を前以て得てから見ると、この一連の神事には、ちゃんとしたストーリーというか、合理的な流れができているようだった。
やがて、柱に向かっていた大日女が祝詞をやめると、くるりとこちらを向いた。柱に背中を向けたわけである。
すると、それまで脇の方に控えていた一人の神官が大日女の前に進み出た。その両手には、一振りの古い銅剣がしっかりと握られている。
見物人には背中を見せているので、顔などは分からないが、数人並んでいた神官の中でも、一番若く長身の少年だった。
大日女は、今度はその少年に向かって、何やら祝詞をあげはじめた。そして、やはり、時折、手にした榊の杖を打ち鳴らす。少年は、大振りの銅剣を捧げ持ち、やや頭をたれるようにして、じっと老巫女の前にかしこまっていた。
「……ありゃ、『三人衆』は今年は一人なのか?」
「んだ」
「なして? あとの二人は?」
「急にそう決まったんだそうだ。あの方にお印が出たとかで」
「お印って……生まれついてのものじゃなかったんけ?」
「んまあ、こういうこともあるらしい」
「なんでも、貴明さんのご次男だそうだ」
「ほう」
「おらんとこの伜《せがれ》なんか、今年は『三人衆』の番が回ってくるって楽しみにしてただが、突然、やめちゅうことになって、死ぬほどがっかりしとるがな」
「東京の大学さ行ってるタクジのことか?」
「んだ。昨日、帰ってきたんだが、今ごろ、うちでふて寝しちょる」
「お印が出た上に、貴明さんのお子じゃ、勝ち目はねえ。しかたあるめえなぁ」
鏑木の背後で、数人の中年男たちのひそひそ声がした。
そうか。
あの大日女の前にいる神官姿の少年が、「三人衆」と呼ばれる依《よ》り代《しろ》か。
つまり、今やっているのは、山からおろして社の柱にいったん寄り憑かせた大神の御霊を、今度は、人間の依り代におろす儀式というわけである。
この依り代の「三人衆」というのは、文字通り、村の独身青年の中から、定められた条件に合った者を三人選ぶらしいのだが、今年に限って、一人の少年がやることになり、その少年というのが、新庄貴明の次男の武という、十八歳の浪人生であることは、老住職から既に聞き及んでいた。
住職の話では、祭りの直前になって、この少年に、「お印」と呼ばれる蛇紋が出たとかで、急遽、それまで決まっていた三人の若者に代えて、この少年が選ばれたのだという。
「……今年は、神迎えの日女様も、お印の出た方がされるとかや」
「宮司様のご養女の日美香様であろう?」
「んだ」
「『三人衆』を一人にしたのも、そのせいとかや。あのお方は、いずれは日美香様の婿殿になられるんだとか……」
「ははん。今年の祭りは一足早い婚礼ちゅうことか。そりゃしょうがねえべ。おまんとこの伜も間が悪かったなぁ」
「まあ、来年がまたあるべ。それさ、楽しみに待つべ」
「んだんだ」
「そういえば、おらんとこのじっつぁまが言っとたな」
「権爺《ごんじい》が? なんて?」
「神家に御山の獲物届けに行って、この日美香様ってのを見かけたことがあるが、あの緋佐子様に生き写しだったとよ」
「緋佐子様って誰じゃ?」
「おまえ、知らんが?」
「知らん」
「先代宮司様の妹御で、今の宮司様のお袋様よ。そんで、昔、若日女様に決まっていた赤さまを連れてトンヅラ——」
「しっ。めったなこと言うもんじゃね」
またもや、そんなひそひそ声が聞こえてきた。
神迎えの日女役が……神日美香?
日美香にも「お印」が出た?
鏑木は背後のひそひそ話に耳をすませた。
神迎えの日女とは、大神の御霊を降ろされた『三人衆』の神妻役をする日女のことである。
「御霊降り神事」が終われば、あの「三人衆」役の少年は、神妻役の日女の手から、「神」の印である、一つ目の蛇面と蓑笠《みのがさ》を渡され、それを身に着けて、「現人神《あらひとがみ》」となって、村の家々を回ることになっているようだ。
大日女の祝詞がようやく終わり、どうやら、これで「御霊降り神事」は無事終了したようだった。
大日女をはじめ、神事に参加した人々は、皆、うち揃って、社の方に行ってしまった。見物人も櫛《くし》の歯が欠けるように帰り始めた。
このあと、昼飯をとり、一休みしてから、「大神」役の少年は、面と蓑笠をつけて、村の家々を回ることになるのだろう。
住職から聞いた話では、村の家々を回るといっても、一軒一軒を隈無《くまな》く訪ねるわけではなく、村を牛耳っている主だった家、例えば、宮司宅、日の本寺、村長宅といったような家を何軒かセレクトして、そこに近隣の者が集まり、訪れた「大神」をもてなすという仕組みになっているようだ。
そして、このもてなしには、蛇の好物である酒と卵が必ず振る舞われるのだという。こうして、家々を回り終えた「大神」が、再び社に戻ってくると、機織《はたおり》小屋と呼ばれる小屋で待ち構えていた神妻役の日女から酒による最後のもてなしを受けて、身にまとっていた蛇面と蓑笠を脱ぎ捨てれば、一連の神事は終了したということになる。
これを「神迎え神事」と言い、初日の午後から明日の夜までの二日に渡って行われるらしい。
社から帰る人々の群れに混じって、寺に戻ってくると、寺の食堂では、既に昼食の準備が整っていた。
大神祭を見にきた観光客も少しはいるようだが、皆、村に一軒しかないという旅館の方に泊まっているのか、寺に宿泊しているのは鏑木一人だけだった。
一人分だけ膳《ぜん》の用意された食堂の席につくと、すぐに、熱々のかけ蕎麦《そば》が運ばれてきた。ここの住職は蕎麦打ちの名人という噂で、一口|啜《すす》ってみると、なるほど、その噂に掛け値はないなと納得した。
しかし、箸《はし》をつけているうちに、おやというように、丼の中身に目をこらした。具の中に、鴨《かも》とおぼしき鳥肉の細切れが混じっていたからだ。
神社に付随する神宮寺とはいえ、ここは寺である。寺の料理というのは、獣肉を一切使わない精進料理ではなかったか。少なくとも、これまでの献立は、すべて肉類を使わない精進料理ばかりだった。
それなのに……。
不思議に思いながらも、鴨肉が良い風味を出していて旨いことは旨いので、そのまま箸をつけていると、それまで厨房《ちゆうぼう》にいたらしい老住職自らが茶を持って食堂に入ってきた。
「鴨肉が入っているようですが?」
箸で肉片をつまみ上げて聞いてみると、住職は大らかに笑って、
「祭りの間は、この寺でも獣肉解禁ですのじゃ」と言った。
住職の話では、「御霊降り神事」が終わって、山からおりてきた大神の御霊が「三人衆」の身体に寄り憑いてこの村に留まっている間は、蛇神である大神をもてなす意味で、各家庭の食卓にも、酒、卵、鳥獣肉と、蛇神の好物を使った料理がこれでもかというように並ぶのだという。
日ごろは質素に暮らしている家も、この日ばかりは、鳥獣肉をふんだんに使った鍋《なべ》料理や刺し身などを作り、酒をたらふく飲むのが習わしだということだった。
それゆえ、ふだんは獣肉を禁じている寺でも、この期間だけは、般若湯《はんにやとう》や生ぐさ料理をあえてメニューとして出すのだという。
「今夜は、上等の猪肉《ししにく》が手にはいったので、猪鍋でもしようと思っとりますのじゃ」
住職はそう言うと、鏑木の向かいの席に腰をおろし、
「ところで、御霊降り神事はいかがでしたかの? 神事の模様が一切撮影禁止では、ろくに仕事にならなかったのではないかの。あのような立派な機材をかついではるばる来られたのにまっことお気の毒じゃが」
と同情するような顔で聞いてきた。
「いえいえ、そんなことはありませんよ」と鏑木は笑顔で答えた。
「前日にお社の様子や御神体の山の写真などは撮らせてもらいましたから、それを巧く使って、後は文章で補えば、なんとか体裁が保てるでしょう」
神事の様子は隠しカメラでばっちり撮ったし、そもそも雑誌の取材というのが口実にすぎない。
それでも、もっともらしい顔でそう言うと、住職は、「さようか。それならよかった」と、終始笑みを絶やさない人の良さそうな皺《しわ》だらけの顔をさらに綻《ほころ》ばせた。
「そうそう。そういえば、境内で村の人たちが話しているのを小耳に挟んだんですが、今年は、神迎えの日女役もお印が出た人だとか……?」
「いかにも。日美香様とおっしゃってな、今まで女児には決して出たことのないお印の持ち主なのじゃよ」
「宮司さんのご養女とか……?」
「さようじゃ。ご養女といっても、もともとは、宮司様の妹御のお子じゃから、宮司様にとっては姪御《めいご》に当たられる方じゃがの。ちと事情《わけ》があって、ずっと離れてお暮らしになっていたんじゃが、今年の五月に養子縁組をされてな、宮司様の籍に入られたんじゃ……とにもかくにも、今年の祭りは、何もかもが異例尽くしでのう」
住職はそう言ってから、はたと思いついたという顔になって、
「おう、そうじゃ。異例といえば、大祭の最後を飾る『一夜日女の神事』じゃがな……」
と言い出した。
なに?
鏑木は思わず箸を置いた。
「これも、先程、宮司様からの急のお達しで、日取りが変更になったのじゃよ」
「え。日取りが変わった? 前に聞いた話では、確か、五日の夜ということでしたが?」
「それが一日伸びることになりましたんじゃ」
「それはまたどうして?」
「詳しい事情は知りませんがの」
「ということは、六日の夜になったということですか?」
鏑木は慌てて言った。
蕎麦なんか呑気《のんき》に啜っている場合ではない。「御霊降り神事」だの「神迎え神事」だのはどうでもよかった。重要なのは、この大祭の最後に行われるという「一夜日女の神事」なのだ。
そもそも、この村に来た目的は、とっくに廃《すた》ったとされている生き贄《にえ》儀式が今もなお行われているかどうかを確かめるためなのだから。
そして、もし、その生き贄に、あの近藤さつきという幼女が使われるのだとしたら、なんとかして助け出さなければ……。
幼女がかくまわれているかもしれない「物忌《ものい》み」の警戒が思ったよりも厳重で侵入できないとなると、あとは、この神事の最中を狙うしかなかった。
「六日の夜というか、正確には、七日ですかの。日付が変わった零時ちょうどに、一夜様を乗せたお輿《こし》がお社を出るわけですから」住職はそう言い直した。
「それで、蛇ノ口という沼に辿《たど》りつくのが……」
鏑木は確認するように聞いた。
「早ければ午前一時頃からか、遅くとも二時頃には辿りつくでしょうな……」
少なくとも、午前一時には、蛇ノ口に先回りして潜んでいなければならないわけか。
鏑木は腹の中で反芻《はんすう》した。
「あ、そうじゃ。前にも申し上げたように、この神事は写真撮影はむろん、見物も禁止されておりますでの。こっそり見に行こうなどという不埒《ふらち》な了見は起こさぬように」
住職は、しかつめ顔でそう付け加えた。
「そ、それはもちろん」
「なに、ここだけの話じゃがの、この神事を急に一日延ばしたのは、ひょっとしたら、観光客対策かもしれんて」
住職は顔を寄せ、囁《ささや》くように言った。
「観光客対策?」
「うむ。観光客の中には時々おりますのじゃ。見物禁止じゃいうとるのに、夜中にこっそり見に行く不届き者がな。見るなといわれると見たくなる俗人の性《さが》じゃろうが。この神事は大昔より村人でも見てはいけないことになっておる。見た者は大神の祟《たた》りがくだって目がつぶれるとな。じゃから、村の者が掟《おきて》を破ることはないのじゃが、何も知らないよそ者はのう……」
住職は嘆かわしいというように、殆《ほとん》ど髪の毛の残っていない白髪頭を振った。
「まあ、それで、おおやけに発表した日にちより、あえて一日ずらしたのかも……あわわ。ちと口が滑ったかの。これはあくまでも、内々のお達しじゃった」
そう言って、住職はしまったというように片手で口を押さえた。
「大丈夫ですよ。俺はそんな不届き者の観光客じゃありませんから」
鏑木が真面目な顔になって言うと、住職も少しほっとしたように、
「いやいや。貴方を信用してつい打ち明けましたが、このような内密のお達しをよそ者にうっかり漏らしたと宮司様に知れれば、後で、この老いぼれがきつく叱《しか》られまする。しつこいようだが、お約束は守ってくだされよ。さもないと、御身にも大神の祟りが降りかかるやもしれませんぞ……」
白い眉毛《まゆげ》に埋もれた目を光らせて言った。