「転生者のことなら知っているわ」
そう答えると、
「そうか。だったら、話が早い。じゃ、兄が転生者だってことももう知ってるんだね。曾祖父《そうそふ》の生まれ変わりだってことも?」
「……ええ」
「この曾祖父って人もやはり転生者だったらしい。つまり、転生はずっと前の時代から連綿と続いている、もしかしたら、歴代の日子《ひこ》はすべて一人の転生者が時代を越えて生き続けている姿かもしれないんだ。それは、ひょっとしたら、六世紀頃、蘇我《そが》氏との政争に敗れて大和から落ちのび、この村を創建したという物部守屋《もののべのもりや》の遺児、弟君にまで溯《さかのぼ》ることができるのかもしれない。彼が最初の転生者だったのかもしれないんだ。
もしそうだとしたら、兄は千数百年以上も生き続けていることになる。とてつもなく長生きだろう? これは人間にできることじゃない。蛇だ。人間の姿をした蛇なんだ。蛇が脱皮して生き続けるように、次々と肉体の衣を脱ぎ捨てて生き続けているんだ。
そして、これからも生き続けるだろう。転生は一度成功すると、次は最初よりも少し楽になるらしいからね。棒高跳びとかのスポーツと同じ要領さ。一度飛ぶこつをつかめば、次はもっと成功する率が高くなる。だから、何度も転生している者はそれだけ次の転生を成功させやすい。
しかも、転生するたびに、その時代時代のさまざまな経験や知識を脳に蓄えていく。転生者の前世の記憶は出生と同時に失われると言われているけれど、無くなってしまうわけじゃない。一時的に封印されているだけなんだ。本当は脳に全ての記憶が保存されているんだよ。ただ、その量が膨大なものだから、ふだんは封印されていて、何か事があったときとか、死の間際だけ覚醒《かくせい》するといわれているんだ……」
郁馬は憑《つ》かれたように話し続けた。
「よく人生はゲームじゃないとか言うよね。まあ、こんなのは、実はゲームなんてあまりやったことのない連中が分かったような顔で口にする言葉だが、確かに、普通の人間にとって人生はゲームじゃない。少なくとも『ゲームオーバー』なんてすぐに出るような初期タイプのゲームではない。人生は一度限りでリセットできない。失敗したらそれまでだ。
でも、兄のような怪物にとっては、人生なんていつでもリセットできるゲームなんだよ。今やっているゲームに飽きたら、あるいはちょっと失敗したなと思ったら、転生という手を使ってリセットすればいい。そうすれば、また同じゲームを最初から遊べるんだ。しかも、前にやったゲームのデータは少し呼び出しにくい仕組みにはなっているけれど、失われたわけではなくて、ちゃんと脳というディスクの中に保存されたままなんだから、完全にリセットされたわけでもない……。
こんなことができる人間に、寿命の限られた並の人間と同じ感情や感覚を持てという方が無理だよ。並の人間にとっては、大切に思われる事でも、兄のような転生者には、それほど大切じゃないんだから。そういう感覚が持てないんだ。だって、もう何度も経験している事なんだもの。どんなに面白い刺激的なゲームでも、何度もやっていれば、いくらやるたびに違うとしても、いい加減飽きてくるよ。最初にやった新鮮な喜びはもうどこにもない。
どんな御馳走《ごちそう》だって、一度だけなら有り難がって食べるけど、何度も出されたら、だんだん食指が動かなくなる。それと同じことさ。同じことを繰り返していると、感覚や感情が麻痺《まひ》してくるんだ。兄にとっては、たとえそれが愛する家族だろうが、自分と同等には見ていない。というか、見えないんだ。人形のようにしか見えないんだよ。だから、あなたのことだって、人形を愛するようにしか愛してないんだ」
「それは違うわ」
日美香はきっぱりと言った。
「何が違うんだ?」
「あなたは転生ということを理解していない。転生者を誤解している。あなたの言うようなことも全くないわけじゃないかもしれないけれど、転生者が人生をゲームとしかとらえていないとか、出会った人間を人形かおもちゃのようにしか見ていないというのは、あなたの勝手な想像にすぎないわ」
「そりゃ、想像にすぎないよ。だって、僕は転生者ではないし、たぶんその能力もない普通の人間だからさ。物部の血筋といっても、この能力があるのは日子クラスだけだもの。でも、それを言うなら、あなただって同じじゃないか。あなたが転生の何を理解してるっていうんだ。たかが家伝書を少しかじったくらいで」
郁馬はふんという顔で言った。
「わたしには解る。お養父《とう》さんほどではないにしても、あなたよりは転生のことを解っているつもりよ。文献による知識としてではなく経験として」
「経験?」
「そうよ。だって、わたしも転生者だから……」