「あなたが?」
人を小馬鹿にしたような表情をしていた郁馬の顔が一変した。
「わたしも転生者なのよ。それがつい最近分かったの。祖母の転生者だってことが」
「祖母って……まさか緋佐子様の?」
郁馬は驚いたように言った。
「ええ」
日美香は、武の部屋で見つけた緋佐子の写真がきっかけで、耀子から「転生」の話を聞き、その後、聖二の部屋であったことをかいつまんで話した。
「……お養父さんがもっていた古い襤褸人形を見たとき、わたしは思い出したのよ。はっきりと。その人形をこの手で作ったことを」
「……」
郁馬は茫然《ぼうぜん》として目の前の女を見つめていた。
そうだったのか。
日美香も転生者だったのか。
だから……。
驚いてはいたが、心のどこかで、そのことを直感的に感じ取っていたような気もした。
次兄の実母にあたる緋佐子のことは話にしか聞いたことはなかった。写真も見たことがない。でも、日美香がこの村に来てから、彼女が緋佐子に生き写しだという噂は耳にしていたし、何よりも、日美香が転生者だとすると、彼女のもっている二十歳の小娘とはとても思えないような、一種独特の大人びた雰囲気の理由も納得がいく。
見た目は実年齢そのものだが、精神年齢が実際よりも高く見える。いわば老成して見えるのである。これはまさに「転生者」の特徴である。
肉体的にはいくら若くても、転生を繰り返している者ほど、その精神年齢は、経験豊かな老人のそれに匹敵するものがあるからだ。肉体の衣こそ替えるが、それを纏《まと》っている魂魄《こんぱく》の方は着実に年輪を重ねているからである。そして、それは、転生者の「眼」に、最も如実に現れるといわれている。もともと人間の「眼」には、じっと見ていると、その人物の精神レベルが隠しようもないほど、まざまざと現れてしまうものだが、転生者の場合、それがはっきりと現れる。
もともと神家の人間は、一族特有の遺伝子ゆえか、老化しにくい体質の者が多い。その皮膚にしろ、臓器の機能にしろ、普通の人間よりも老化の速度が遅いのである。若いうちはそれほど目立たないが、三十歳を過ぎた頃から、この特徴は際立ってくる。特に若作りをしなくても、実年齢よりも十歳ほどは確実に若く見えるという形で。
兄にしても、今年で四十八歳だが、見た目はもっと若く見える。三十代半ばか後半くらいにしか見えない。ところが、この神家の人間の特徴にくわえて、転生者である場合は、さらに、精神年齢の方は実年齢よりも高いという特徴がくわわるのだ。
すると、外見は若々しいのに、なぜか中身は年取った者であるかのように感じるという、一見矛盾した奇妙な雰囲気を醸し出すことになる。それが、どこか得体の知れない人間離れした神秘的なオーラを発しているように見えるのである。
同じ感じが日美香にもあった。接していると、自分よりも年下なのに、時々、ずっと年上の女と向かい合っているような錯覚に陥ることがあった。あれは錯覚ではなかった。実際、自分が接していたのは、外見こそ二十歳の娘であっても、中身はもっと年老いた女だったからだ。
しかも……。
もし、神緋佐子が最初の転生者ではなく、彼女も誰かの転生者だとしたら、日美香も、兄のように、途方もない年月を転生によって生き続けてきた「女蛇」だということになる。これでは無理だ。
とても太刀打ちできない……。
日美香が転生者だと知った瞬間、郁馬の中でこれまで気負っていた何かがガラガラと音をたてて崩れ落ちた。
相手にしているのは人間の女ではない。
女の姿をした「蛇」だったんだ。
「……さっき、あなたは、お養父さんは古い人形なんか飽きたら、すぐに捨ててしまうと言ったけれど、そんなことはないわ。げんに、わたし……祖母が作ってくれた人形はどんなに汚れて古くなっても捨てずに持っていらしたのよ。母親が作ってくれたという以外に何の価値もない襤褸《ぼろ》人形を。これでも家族を愛していないといえるの? 人形かおもちゃのようにしか見てないなんていえるの?」
茫然自失としていた郁馬の耳に、突き刺さるように、そんな日美香の声が届いた。
「さっき僕が言った事は撤回します。まさかあなたまで転生者だとは知らなかったから……。それも、前世が兄の実母だったなんて。だとしたら、兄の、あなたに対する愛情だけは本物なのかもしれない。あなたを、唯一、自分と同じ生き物と認めているとしたら……」
郁馬は呟《つぶや》くように言った。
その声には、さきほどまでのふてぶてしい響きは消えうせ、その首も心なしかうなだれていた。
「それともう一つ……」
なおも、日美香は言った。
「わたしが妹のことをお養父さんには隠しておいてといった理由だけれど、あなたが見抜いた通り、妹のささやかな幸せを守るためなんていうのは口実よ。正直いうと、そんなことはどうでもいいわ。最初、あなたに口止めしたとき、この村での自分の地位やお養父さんの愛情を独占したいという気持ちがあったことは認めるわ。その通りよ」
「……」
「わたしには生まれたときから父がいなかった。母しかいなかった。まわりの友達には当然のようにあるものがわたしにはない。いつもそういう欠落感のようなものを抱いて生きてきたわ。口には出さなかったけれど、心の奥底ではずっと父というものを探し求めていた。
そして、ようやく、養女という形ではあるけれど、お養父さんのような人と巡りあえた。こんな人が父だったらいいなと、長い間、密《ひそ》かに思い描いていたまさに理想通りの人を父親にできたのよ。だから、その人の関心も愛情も失いたくなかった。独占しておきたかった。あなたの想像した通りよ。妹の存在が知られれば、わたしの今の幸せが半分になってしまう。そう思ったのも事実……。
でも、今は少し違う。わたしが祖母の転生者だと分かってから、少し考えが変わったの。今は、全く別の理由で、妹のことはお養父さんには知らせたくないの。それは……」
日美香はそう言って、なぜ自分と火呂が一卵性双生児という状態で生まれてきたか、それは、死の間際の緋佐子の想いが真っ二つに分裂しており、その二つの念の強さが一つの受精卵を分裂させたためではないかという話を郁馬にした。
「……だから、妹をこの村とは無縁にそっとしておくというのは、わたしのというより、祖母の最期《さいご》の想いでもあるのよ。この村に帰りたいと願ったのと同じくらいの強さで、この村とは無縁に平凡に生きたいと願った祖母のもう半分の心。それが照屋火呂という形になって今も生きているわけだから。妹のためでもなく、わたし自身のためでもなく、祖母のために、妹のことはそっとしておきたいのよ」