盛夏、ひと仕事したあと、シャワーか熱い風呂でひと汗流してサッパリした気分で飲むビールは、夏の銷夏法の醍醐味である。それも生ビールがいい。口当りがマロやかで生娘の柔肌にくちづけする思いである。
生ビールの旨さは、ジョッキに注ぐときの泡立ちにコツがある。むかし、ビヤホールには専門の注ぎ手がいて、馴れた手つきでジョッキに生ビールを注ぎ、グラスから盛りあがった余分な泡を指揮棒のようなものでジョッキの口を横に払ってジョッキをボーイに渡す。
キメ細かく白い均等化された泡が一センチ五ミリか二センチほどで、その泡の下は琥珀色の液体である。その泡立ちは、幾十幾百のジョッキのすべてが同じで、ちょっとした芸術品である。
飲み手は、静かにジョッキを持ちあげ唇にあてる。大ジョッキはその重さに、中ジョッキは琥珀色に旨さがある。小ジョッキは小娘の飲むものである。生ビールの旨さはその重みと色にあるからで、小ジョッキにはそれがない。
私は日本のビールは味の点では世界のトップクラスにあることは間違いないと思うが、メーカーの味覚くらべではメーカーがいいと言うほどのことはない。飲み手の好みでいい。
その点、本場ドイツビールは日本酒の地酒と同じで多彩である。旨くないと閉口したのは、ソビエトのビールとタイのビールだ。不味い口あたりはいまでも消えない。
面白いことに、ソビエトの船に積み込むビールはサッポロビールである。味覚の点かと思ったが、なんのことはない、サッポロビールのマークが赤い星だったことを彼等が気に入っていたのだ。ロシア人は大食漢だが、ガストロノミ(食道楽)ではない。
生ビールは喧噪のなかで飲むのがいい。日米戦争の末期に国民酒場というケッタイな飲み屋が生まれて、日本酒酒場、洋酒酒場、ビール酒場があったが、ビール酒場で飲むビールは、負け戦さの憂さ晴らしになった。これが、日本酒酒場だとどうしてもカラミや喧嘩になってしまうから面白い。