天宝(てんぽう)の末年、劉薦(りゆうせん)という人が嶺南判官になった。ある日、部下を三、四人つれて山を歩いていると、不意に山〓があらわれたので、おどろいて、思わず、
「化物(ばけもの)!」
と叫んだ。すると山〓は怒って、
「おい、劉判官! おれは勝手に遊んでいるだけで、何もおまえに迷惑をかけたわけでもないのに、よくもおれを化物呼ばわりしたな」
というなり、木にのぼって枝の上に立ちあがり、
「斑子(ぶ ち)よ」
と呼んだ。すると、どこからか虎があらわれて一声吼(ほ)えた。山〓はその虎に、
「そいつを捕えよ」
といって、劉薦を指さした。劉薦は肝をつぶし、馬に鞭(むち)をあてて逃げだしたが、虎はたちまち追いつき、劉薦を地面にたたき落して前肢(まえあし)でおさえつけた。すると山〓はせせら笑って、
「おい、劉判官。これでもまだおれをばかにするか」
という。劉薦は生きた心地もない。部下の者が平伏して命乞いをすると、山〓はしばらくして、
「わる気があっていったことではなさそうだ。斑子、もうよい。行かせてやれ」
といった。すると虎は劉薦を放した。劉薦は恐怖のあまり半ば気絶していて、部下に助けられてようやく家に帰ったが、そのまま熱病にでもかかったようになって寝込んでしまい、数日間は起きあがることもできなかった。
その後、劉薦は人に会うごとに、山〓を怒らせてはならぬといって、この話をした。
唐『広異記』