魑魅(ちみ)の一種に、山〓というのがいる。一本足で、踵がうしろ前についており、手足の指は三本ずつ。牡(おす)は山公(さんこう)といって、人間に会えば必ず銭をくれといい、牝(めす)は山姑(さんこ)といって、人間に会えば必ず紅(べに)・白粉(おしろい)をほしがる。この山〓は、嶺南(広東・広西省)の山にはどこにでもいて、大木の枝の上に巣をつくり、木でかこいをつくって食料をたくわえている。
唐の天宝(てんぽう)年間、北方から嶺南の山中へ行った旅人がいた。夜は虎に襲われる危険があるので、木の上で夜を明かそうと思ってよじのぼって行くと、上の方に牝の山〓がいた。旅人が木からすべり下りて再拝し、
「山姑さま、何なりと仰せのとおりにいたします」
というと、山姑は木の上から、
「何を持っているかね」
ときいた。旅人が紅と白粉を出すと、山姑は下りてきて、大よろこびをして受け取り、
「今夜はこの木の下でゆっくりおやすみ。何も心配することはないよ」
といい、また木の上の巣へもどって行った。
真夜中になると、旅人の寝ている木の下へ、二匹の虎が近づいてきた。旅人がぶるぶるふるえていると、山姑が木から下りてきて、手で虎を撫でながらいった。
「斑子(ぶ ち)よ、これはわたしのお客さんだから、あっちへ行っておしまい」
すると二匹の虎は立ち去って行った。
翌日、旅人が別れを告げると、山姑はていねいに挨拶をして旅人を送った。
唐『広異記』