呉(ご)の赤烏(せきう)三年のことである。句章(こうしよう)の百姓の楊度(ようたく)という者が、馬車で餘姚(よちよう)へ出かけたが、途中で日が暮れてきた。
馬をいそがせて行くと、道端に琵琶をかかえた少年が立っていて、馬車をとめた。乗せてほしいというので乗せてやったところ、少年はお礼にといって、琵琶を数十曲弾いてきかせた。楊度がいい気持になってきいていると、曲が終ったとたん、少年はたちまち悪鬼のような顔に変り、眼を怒(いか)らせ舌を吐いて楊度をおどし、姿を消してしまった。
楊度は生きた心地もなく、馬車をとばして三、四町行くと、こんどは道端に一人の老人がいて、さきの少年と同じように、車に乗せてくれといった。これも妖怪かもしれないと思い、楊度がためらっていると、老人は、
「あやしい者ではありません。疲れて、もう歩けないのです。どうか乗せてください」
といった。楊度は、いかにも老い疲れたようなその顔を見てあわれに思い、乗せてやった。老人はしきりに礼をいって、わたしは王戒という者ですと、自ら名乗(なの)った。楊度が、
「じつは、さっき妖怪に出会って胆(きも)を冷やしたものですから、あなたまで疑って……」
というと、老人はいかにもおどろいたように、
「えっ? 妖怪ですって?」
といった。そして、
「どんな顔をしていました? なにをしたんですか?」
ときいた。
「妖怪とは知らずに乗せてやったところ、琵琶を弾きました。そして……」
「琵琶なら、わたしも弾きますよ」
そういったとたん、老人の顔は前の妖怪とそっくり同じ顔に変ってしまった。楊度はあっと叫んで、気を失ってしまった。
六朝『捜神記』