笑苑千金
西蜀(せいしよく)の男、女房をもらって半年ほどたったとき、都(〓京(べんけい))へ商売に出てきたきり、ずっと帰らなかった。西蜀を出るとき女房はみごもっていて、翌年、男の子を生んだ。
その子が十五になったとき、
「父さんはどこにいるの」
と母親にたずねた。
「都で商売をしていなさるんだよ」
「会いに行ってもいい?」
「そうだね、もう十五にもなったんだから、行ってもいいよ」
息子は都へ行き、方々をさがしまわったが、それらしい人に出会わず、途方に暮れた。と、ある日、一人の僧侶を見かけた。はっと思って近寄り、丁寧(ていねい)にお辞儀をすると、僧侶が、
「どうしてわしにお辞儀をしなさる」
ときいた。
「あなたが、わたしの父上だからです」
「なにをいうか。とんでもない言いがかりだ。それとも、誰かと見間違えでもしたのか……」
「いいえ、わたしは確かに覚えております。わたしがまだ母上のおなかにいたとき、あなたは毎晩、乳をふくんでわたしに飲ませてくださいました。頭がてらてらと光っていて、あなたとそっくりでした。間違いございません」