韓非子(内儲説篇)
鄭君(ていくん)が侍臣の鄭昭(ていしよう)にたずねた。
「太子はこのごろどうだ」
すると鄭昭が答えていった。
「太子はまだお生れになっていません」
「なにをいうか。太子はちゃんと立ててあるではないか」
「なるほど、現に王は太子をお立てになっておられます。しかし王の色好みがやまない限り、ご寵愛なさっている妃嬪(ひひん)たちにつぎつぎにお子さまができましょう。新しいお子さまができれば、王はそのお子さまを可愛く思われましょう。可愛くお思いになれば、きっとそのお子さまを、いまの太子に代えて後つぎにしようとお考えになりましょう。それゆえわたくしは、太子はまだお生れになっていないと申しあげたのでございます」