笑海叢珠
都の長安(ちようあん)に王生(おうせい)という医者がいた。親代々の医者で、出入りしているのは高官や富豪の家ばかり。多額の礼金を出す者でなければ診(み)てくれないのである。そのため王家は大金持になった。
長安の金持たちは、夏のさかりには客を招いて庭園で宴会を開く。これを避暑の会といったが、王生もある日、おとくいの高官や富豪を招いて避暑の会を開くことにし、百金をついやして山海の珍味を用意した。ところが、あいにくその日は雨が降り、客は一人も来なかった。王生はすっかりしょげて家の者にいった。
「わしが大金持になったのは、みなさんのおかげだ。ご恩は忘れてはならぬと思っている。それでみなさんをお招きしたのだが、あいにくの雨で、どなたも来てくださらない。暑いおりだから、用意したご馳走も長くはもたないだろう。せっかく用意したのだから、この際、ご馳走を広間に並べて、わしがこれまでに匙(さじ)加減をまちがえて死なせた人たちの供養(くよう)をすることにしよう」
山海の珍味を広間に並べおわると、王生はその前で祈った。
「親代々医者をしておりますあいだには、時には匙加減をまちがえたために亡くなられた方もございましょう。どうかこの宴席においでになって、この供物(くもつ)をお受けくださいますよう」
しばらくすると、外にざわざわという音がして、だんだん近づいてくる。耳をすますと、それは何百人もの足音であった。みんなは広間にはいって席につき十分に飲み食いをして、帰って行った。
それからまたしばらくすると、再び何百人もの足音がきこえ、みんな席についた。王生が不審に思い、
「いちどお帰りになったのに、どうしてまたおいでになったのですか」
ときくと、なかの一人がいった。
「前に帰って行ったのは、あなたがまちがえて殺した人たちです。わたしたちはみな、あなたのお父上に殺された者です」