艾子雑説・笑苑千金
ある役人が死んで、閻魔大王の前につれて行かれた。すると地獄の書記が進み出て、大王にいった。
「この男は世に在るとき、もっぱら人の秘密をほじくり出して財物をおどし取ったり、何の罪咎(つみとが)もない者を巧みに口実を設けて罪におとしいれたりして、法を盾(たて)に世を渡ってきたわるいやつでございます。その罪は釜ゆでの刑にあたります。よろしく五百億万斤(ぎん)の薪を以て大釜でゆでた上で放免すべきでございましょう」
「よろしい。そうするがよい」
大王はそういって、その男を地獄へ下げさせた。牛頭(ごず)の獄卒に引きたてられて行く途中、男はそっとたずねた。
「あなたさまの官職は?」
「おれは、大釜の湯の獄主だ。釜ゆでの刑はすべてこのおれが司(つかさ)どっているのだ」
「さようでございますか。獄主といえば主任さんでしょう。主任さんともあろうお方が、どうしてそんなぼろぼろの豹の皮の褌(ふんどし)をしめていらっしゃいますので?」
「これが冥土の制服だから、ぬげないのだ。冥土には豹の皮のかわりがないので、仕方なしに、こんなにぼろぼろになってもしめているのだ。もし人間世界の者が豹の皮を焼いてくれたらおれの手にそれがはいるのだが、おれは人間世界できらわれているので、焼いて贈ってくれる者がいないのだ」
「わたくしの妻の実家は猟師をしておりまして、豹の皮なら家に何枚もございます。もし主任さんがわたくしを哀れとおぼしめして、薪の数を少しでも減らして無事に人間世界へ帰らせてくださいますならば、主任さんのために必ず豹の皮を十枚焼いてさしあげます。それで新しい褌をお作りになれば、威厳がいっそう備わりましょう」
牛頭は大いによろこんで、
「そうか。では、そなたのために部下の者どもをあざむいて、五百億万斤の『億万』の二字を除いてやることにしよう。そうすれば釜ゆでの苦しみはうんと減るし、その上、早く人間世界へ帰ることができるからな」
「よろしくお願いいたします」
男は地獄の大釜へ投げいれられはしたものの、主任の牛頭がしばしば様子を見にくるので、部下の獄卒たちは、主任がこの男をかばおうとしているのだと察し、火加減に手ごころを加えて湯を煮えたぎらせずに、規定の薪はことごとく焚きおわりましたと報告した。
こうして男は刑をすませ、大釜から出されて人間世界へ帰ることになった。牛頭が耳うちをして、
「豹の皮を忘れるではないぞ」
というと、男はにやりと笑って、
「こんな詩ができましたので、主任さんにお贈りします。
牛頭獄主要知聞
(牛頭の主任よ聞き知るべし)
権在閻王不在君
(権は閻王に在り君に在らず)
減刻官柴猶自可
(薪を減らすはなお可なるも)
更枉法求豹皮
(法をまげて豹皮を求むとは)
どうです? おもしろい詩でしょう」
牛頭はそれをきくと大いに怒り、男をひっとらえて再び大釜の中へ投げ入れた。そして、あらためて五百億万斤の薪を焚かせたという。
まことに、口は禍の門である。