笑府
ある男、どこにも売っていない物を売る店を開きたいと考えた末、天子の冠る平天冠(へいてんかん)を売る店を出した。ところが、一人も客がこない。ある人が、
「天子は都にいらっしゃるのだから、都へ行かなければ商売にならんよ」
といったので、店を都へ移すことにした。
都へ行く途中、山の宿に泊ったところ、垣根の向うから虎が片方の掌を突き出して、かなしそうに鳴いているので、おそるおそる近寄って行って見ると、その掌に竹の刺(とげ)がささっている。抜いてやると、虎はうれしそうに躍りあがって行ってしまった。男は自分もうれしくなり、
「また一つ、どこにもない術をおぼえたぞ」
といった。そして都へ着くと店を開き、看板に大きく書き出した。
「平天冠を売り、兼ねて虎をよろこばせる術を教授する」