笑林広記
ある先生、よく字を読みまちがえる。ある日の夕方、弟子に蘇東坡(そとうば)の「赤壁の賦」(前後二篇から成る)の講義をしていて、大きな声で、
「この前(まえ)の赤壁の賊(ぞく)は……」
といったところ、ちょうど窓の外から中をうかがっていた泥棒が、びっくりして、さてはさとられていたのか、それなら、裏へまわって壁を破って押し入ってやろうと思い、夜がふけるのを待って家の裏へ忍び込んだ。やがて先生は講義を終って奥の部屋へはいり、寝ようとしたが、まだ論じ足りないのか、弟子に向って大声で、
「あの後(うしろ)の赤壁の賊は……」
といったので、外にいた泥棒、またもやおどろき、歎息していった。
「おれの前後の行動は、この家の先生にことごとく見破られてしまった。こんなえらい先生のいる家では、なるほど、犬を飼う必要はないわけだ」